2021年6月28日月曜日

「えむ・お~い」に愛を込めて

  恥ずかしながら在越10年を超えて、初めて「ひったくり」に会いました。バイクとの綱引きに勝てるはずもなくカバンは分捕られ、身を持ってベトナム・ベトナム人の危険を体感することとなりました。
 一方で、ひったくり犯を捕まえようと追いかけてくれたのはベトナム人、最寄りの交番へ連れて行ってくれたのもベトナム人。懐かしのヨードチンキや包帯をくれたアパートの主人もベトナム人、アウェーのベトナムで捨てる神あれば拾う神ありを感じさせる出来事でした。

□ 利害が絡まなければよい人だらけのベトナム人
 顔を出せばいつもの銘柄のタバコを差し出してくれる雑貨屋のおばちゃん。笑顔で出迎えてくれるビアホイのお姉ちゃん。利害のない状況で接するベトナム人は総じて、外国人にはひときわ親切で、ちょっとしたミスもKhong Sao、Khong Saoと寛大に受け入れてくれます。一方で、難癖をつけて担保金を返さない貸事務所の家主や、時間通りに来なくても何食わぬ顔の運転手、弊社の教育資料を拝借して商売をするもと従業員など、利害が絡む場合には利己心が際立つベトナム人材にもまま遭遇します。従業員の採用など、雇用者・被雇用者という利害が生まれる関係にては、人柄の良し悪しの見極めがことさら重要になるのもベトナムならではです。

□ 持ちつ持たれつのベトナムライフ
 弊社は日系企業、また顧客の大半も日系企業ですので、仕事の場面において筆者は、ベトナム人材に対して圧倒的に指導的立場に立ちます。指導時に口答えをするベトナム人材には、カッとしてしまうこともありますし、考えればわかりそうな指導内容では上から目線にもなりがちです。一方で、会社を一歩離れれば、特にお役所関連の手続きなど、ベトナム人材の助けなしには生活もままなりません。仕事では能力向上意欲の高いベトナム人材に成長の機会と知恵を与え、ベトナム生活をなんとかやり過ごすにはベトナム人材の助けを得る。持ちつ持たれつで、ベトナムに住む外国人とベトナム人との関係が成り立っているように思います。
 先日は日系のラーメン屋さんで、ベトナム人従業員を怒鳴りつけている日本人を見かけました。確かにベトナム人従業員にも落ち度があったように見受けましたが、そんなベトナム人材もなくしては会社は成り立たず、ベトナムでの生活も立ち行かないのが現実です。

□ 「えむ・お~い」に愛を込めて
 「筆者の『エム・オイ』には愛がない」。筆者がベトナムに来て間もないころ、レストランで従業員を呼ぶ筆者に向けて、同席したベトナム人が発したコメントです。お酒が入って冗談半分ではありましたが、年下の男女を呼ぶ際には「えむ・お~い」と「お~い、お茶」のコマーシャルのように優しく語尾を伸ばすのが良いのだと教えを受けました。ベトナムのアイン(チ)・エムの関係は日本でいえば兄弟(姉妹)の関係です。兄・姉は弟・妹には思いやりを持って接するのがありたいベトナム流のようです。

 「その地で商売をさせてもらっているのだから、感謝の気持ちで仕事をする」とも言われます。日系企業のベトナム進出がベトナム社会の発展の一翼を担い、外貨を稼ぎ、人を育てる。その一方で94百万人の比較的安価で実直なベトナム人材が、日本製品・サービスの競争力の維持に貢献してくれています。先進国から来た外国人だからといって高飛車になることなく、善き先生を目指したいと思います。
 3つ料理を頼むと2つしか出てこない、日本人には当たり前に思える行動が見られない、イラっとすることも多いベトナムですが、ベトナム人の助けなしには生きてもいけないのが外国人である日本人です。持ちつ持たれつだと思って、愛を込めて「ちょい・お~い」と叫びましょう。

2021年6月21日月曜日

方針展開は思いの共有から

 各社には既に2021年の方針を固めて、新たな取り組みを始められているところでしょうか。3月期の会社にはまさに方針の展開を進められる段階かと思います。
 年々ベトナム人マネージャに主体的に部門方針を掲げるよう促す動きが増しており、弊社でも部門方針の策定講座を先に開催しました。少し気になった、駐在員の方にも留意していただきたいポイントがありましたので、共有させていただきます。

□ 文章は「見る」のがベトナム流

 「わかっていないのに、『わかった、わかった』という」は、良くいただくベトナム人材に関するコメントです。なるほど文章についても同様で、文章は「読んで」おらず、「見て」いるだけで、書かれている言葉がわかれば「わかった」と応えます。あたかも、タバコを吸いながら「喫煙禁止」の看板を見ているようなものでしょうか。書かれている言葉はわかっているが、それが何を意図するのか、どのように行動に反映すべきか、頭の中で咀嚼されていないように感じます。

□ 言葉に込められた意図が訳されているか、確認しましょう
 弊職も自社の方針を打ち出すにあたっては、短い言葉で思いが伝わるよう、言葉を選びます。多くの会社では日本語で作成した思いのこもった会社方針をベトナム語に訳して従業員と共有されているかと思いますが、残念ながら思いの伝わらないベトナム語となっている状況がよく見られます。
 翻訳するベトナム人担当者は日本語にも長けていると思われますが、残念ながらベトナム人材はベトナム人材、書かれた方針書を「見て」はいますが、「読んで」はいないようです。「見た」ままに翻訳をしてしまうため、意図の伝わらないベトナム語を使ってしまいます。
 例えば、「Challenge for next」という方針であれば、「会社を次の段階に発展させるべく、皆が新しい取り組みに挑戦しよう」という思いが読み取れます。ところが、これを「Tiep tuc(継続する)thu thac(挑戦)」と訳してしまうと、“これまで通り”挑戦を継続するという文となってしまい、従業員に新しい取り組みを促す意図が伝わらなくなってしまいます。正しくは「Thu thac(挑戦)thiep theo(次の)」のように訳すべきかと思います。
 言葉の意図を読んで、ベトナム語に訳すのは容易でありませんが、会社方針のように言葉を選んで作成された文章は、意図が訳されないと意味をなさなくなります。翻訳者に翻訳文の意味を日本語で説明してもらう、もしくは他の翻訳者に訳されたベトナム語を逆に日本語に訳してもらうなどして、意図通りの文面になっているかの確認をお勧めします。

□ 思いのこもった言葉は、説明を加えましょう
 もう一つの共有したいポイントは、言葉にこもった思いを伝えましょう、という点です。方針の文章で「『ひとりひとり』が成長し…」という言葉が使われていたとします。ベトナム語では「tung nguoi tung nguoi(ひとりひとり)」となり、訳としては間違っていません。しかしながら、ベトナム人マネージャが策定する方針を見ると、「部下の…能力を高める」となっており、「ひとりひとり」に込められた思いが反映されていません。「ひとりひとり」という言葉には「各人が主体性を持って、自ら成長を志向する」という個々従業員の意識変革への期待がこめられていると読み取れますが、こうした言葉の裏にある思いを「読む」ことは苦手のようです。
 「見れ」ど「読ま」ないベトナム人材の特性と、短歌・俳句のように隠喩などの手法を使って言葉に思いを込める日本人との間には大きな乖離があります。「仕事の質」や「進化」、「仕組み構築」「すぐやる」などなど、単にベトナム語に訳しただけでは字義通りの浅い理解にとどまる言葉が会社方針には多用されていると思います。思いの込められた言葉には注釈をつける、もしくは口頭でも言葉に込められた期待を具体的に説明するなどしないと容易には思いは伝わりません。
 弊社の部門方針策定講座で、ベトナム人マネージャがまずつまずくのが、会社方針の理解です。すぐに数値目標や担当部門の施策に目が行ってしまい、目標や施策が目指すところの目的を見失った方針が策定されてしまいます。方針の理解とは言葉の裏にある思いを理解することであり、より深い考察力が必要となります。会社方針を読み聞かせるだけでなく、思いを共有することで一貫性のある方針の展開を進めましょう。

2021年6月14日月曜日

「良き管理者」は「良き評価者」

 各年次の初めは、気持ちも新たに新年度を迎えたいところですが、多くの会社では昨年を振り返る人事評価の頭の痛い時期ともなります。阿吽の呼吸で評価結果が決まる日本と異なり、評価結果はともあれ同僚も引き合いに出して昇給を期待するベトナム人材との折衝は精神的にも疲弊します。

□ 全員「期待値を満たす」がベトナム流の評価?
 ベトナム人管理者が行う人事評価について良く伺う課題は、「評価結果が上振れする」「部下の評価に無関心」「好き嫌いで部下を評価する」といった内容でしょうか。
 弊社の教育講座で行うテストにては、驚くほどベトナム人材はカンニングに寛容です。始終注意をして回らないと、隙があれば、教材やノートを開いたり、他者と答えを共有します。また、大学での試験に際しても同様に、まずは監督官を監督しなければ、どの監督官も注意をしないとの話を伺いました。
 長期勤続を前提とした日本においては、上司と部下との人間関係が会社を超えた師弟関係のようになりがちですが、各人の自尊心が強く職務指向のベトナムでは、仕事上の指示者と作業者という役割上の関係にとどまりがちです。従って、大学の試験官や弊社講座の受講生がカンニングを指摘しても互いのメリットにならないと考えるように、ベトナム人の上司も敢えて部下の評価を下げて機嫌を損ねるようなことはしなくなります(逆に機嫌を損ねても差し支えない部下の評価を下げる)。
 日本では「褒めるも叱るも親心から」とも言いますが、他人同士の関係性が比較的薄いベトナムでは、親心を持つほど部下には入れ込まないようです。

□ 部下の育成は部下のため?上司のため?
 親心での部下育成は部下のためを思っての指導となりますが、「育てても辞めて行く」、「素直には指導に従わない」、「キャリアの志向が異なる」など、各従業員がより個人として仕事をするベトナムの実情を鑑みると、「部下のために…」という動機づけで上司であるベトナム人管理者に部下の育成を促すのは、やや説得力に欠ける感があります。むしろ、上司であるベトナム人管理者には、自分のために部下を育成せよと説明するほうが受け入れやすいかも知れません。
 自身が責任を持つ組織目標の達成・維持・向上を現場で推進するのは上司自身ではなく部下となります。また、自身の昇進に向けては後任となる部下を育成しておくことが必須となります。流動性の高い労働市場のベトナムでは、標準化・仕組み化を含めていかに効果効率的に部下を活用できるかが、高い成果を創出する管理者の必須要件であるともいえましょう。

□ 「良き管理者」は「良き評価者」
 ベトナム人管理者の中には、「人事評価は部下の給与を決める作業であり、自分には関係ない」と考えたり、「実績・能力に関わらず、期待する給与を与えないと部下が辞めてしまう」と考える方がいます。
 管理者の仕事の大半は部下への指示や育成と関係しており、上司の成果は部下の成果によって決まります。「良き管理者は良き評価者」とも言いますが、管理者として高い成果を出せる人は、部下を客観的に評価し、改善点の根本原因を掘り下げて指揮・指導できる人です。人事評価を部下の給与を決める作業と考えるのではなく、自身の成果を高めるために部下の改善点をまとめあげる機会として捉えて、管理者としての部下評価能力を鍛え上げたいものです。 人事評価の納得性は人事評価の1鉄則ですが、評価のプロセス(識別された改善点)への納得性が評価結果の納得性につながります。評価結果を議論するのではなく、成果向上に向けた改善点の議論に軸足を置き、改善点の多寡軽重から評価結果を導けるようにできれば、人事評価で頭を悩ますことも減らせるかと思います。

2021年6月7日月曜日

「辞めていく」人材、「辞めてもらう」人材への備え

 ベトナムに合った人事制度についてのセミナーを開催させていただき、多くの方に参加いただきました。また、周りを見回しても昨今は人事制度がらみの話題が多く、各社の関心の高さが伺えます。
今回は、筆者の人事制度関連の経験から、人事制度構築・改訂に向けた課題提起をしたいと思います。

□ 「辞めてもらう」人材にまで気が回らない?

 人事制度に関するお悩みを伺うと、概ね各社共通して「実績・実力に応じて客観的・公正に評価し、昇給・昇格の判断をしたい」との期待をいただきます。一方で、会社の人事データを拝見すると、次のような状況がよく見られます。1.同一等級に長期滞留した人材が多い。2.立ち上げ時に入社した古株人材の給与水準が飛びぬけて高くなっている。3.等級間で給与が逆転している人材がいる。
 人材の流動が激しいベトナムですから、各社コア業務を担う人材のつなぎ止めに苦心される一方、引き留め対象とならない人材の継続した昇給と滞留が見過ごされてしまうためでしょうか。こうした状態が続くと、滞留・高給与人材が給与原資を圧迫し、期待する人材に多くを振り向けられない。実力と異なる給与格差に従業員の不満が募る。古株が社内で大手を振り、古いベトナムの考えに社風が染められるなどの問題が生じかねません。

□ 日本の人事制度は世界的にも特殊?
 日本でも中途採用が一般化し、役職定年などの制度が運用され始めていますが、まだまだ終身雇用に準じた人事制度のもと、緩やかな昇給・昇格と定年間近での役員昇進を行っている会社が多いように伺えます。
 日本以外ではとも言えますが、ここベトナムでも日本とは異なる就労意識・慣行となっており、日本との違いを踏まえた制度設計・人材経営が求められます。

▪ 人は自ずと辞めて行く
 日本は世界一と言える長期勤続習慣のある国です。就労者の約5割が10年以上同一社に勤務し、5年超を含めると7割にもなります。一方でオーストラリアは3年内で転職する就労者は3割超、5年内を含めると半数強となります。ベトナムでは、オーストラリアと同じ、もしくはそれ以上の転職傾向が見られます。

▪ 妥当な給与水準は存在しない
 ベトナムの就労人口は約5400万人ですが、うち民間企業に勤務する就労者は36%に過ぎず、外資系企業に絞るとわずか8%です。日本ではサラリーマンの年齢別平均所得などが自身の給与の高低を測る物差しとなりますが、ベトナムでは通用しません。採用支援会社や公的機関が提供する給与調査データは、賃金テーブル作成時の根拠として参考にできますが、ベトナム人材の納得や満足が得られるわけではありません。ベトナム人材にとっての妥当な給与水準は、外資系企業勤務に限らない、家族・知人・友人の裏経済を含めた所得水準との比較で決まります。

▪ 出世を急ぐベトナム人材
 ベトナムの経済成長が始まったのはアメリカからの経済封鎖が解除された1994年以降と思いますが、わずか20年予の間に大きな格差が生まれました。日本の10億長者の平均年齢は72.6歳とのことですが、資産3,000億を超えるビングループのブオン会長は51歳、ベトジェットのタオ社長は49歳です。ベトナム人材の期待は30代でマネージャ、40代で経営陣入り(もしくは独立)でしょうか。

□ 「辞めて行く」人と「辞めてもらう」人への備え
 日本とは異なるベトナムで人事制度を確立していくためには、まずは各社なりの人材経営の指針を固める必要があると考えます。
 自ずと辞めて行く人材については、人が変わっても仕事の質が変わらないよう、日本人が苦手な形式知化に本腰を入れて取り組む必要があります。一方で、成長が見込めない人材には辞めてもらう備えも必要でしょう。まま「いなくなると困るので」という声も耳にしますが、長期的に見てその人材が本当に必要なのか、会社と本人双方の将来の視点から考えたいものです。「成長しないこと」を理由とした解雇はできませんが、等級別基本給に上限を設ける・評価の結果として昇給しない、などは該当人材に対する離職勧告のメッセージとなります。
 また、将来を期待される人材には、より高いハードルを提示して動機づけるというのはいかがでしょう。期待を満たし、実績を上げられれば20代でもマネージャになれるなど、実力のある人材の早期の昇格を可能とすることで給与水準を高めることなく、若手優秀人材の期待に応えられます。
 日本的な人材経営慣行からか、「辞めてもらう」ことに抵抗感を感じる方もいらっしゃるようですが、人事は社長の仕事です。辞めてもらう勇気を持つことも社長の資質の一つかもしれません。

果たして経営の現地化は進むか

 90年代後半、世界経済の3つのシナリオというのを目にしました。世界経済は大国のもと一様化するという第一のシナリオ、少数の強国に収れんされるという第二のシナリオ、そして複数の国により混沌化するといったものです。ソ連崩壊後の安定した経済化の当時は、当然のごとく第一シナリオが有力に感...