2021年7月19日月曜日

果たして経営の現地化は進むか

 90年代後半、世界経済の3つのシナリオというのを目にしました。世界経済は大国のもと一様化するという第一のシナリオ、少数の強国に収れんされるという第二のシナリオ、そして複数の国により混沌化するといったものです。ソ連崩壊後の安定した経済化の当時は、当然のごとく第一シナリオが有力に感じられていましたが911テロで幕を開けた21世紀はむしろ第三のシナリオに向かっているように思えます。

□ 現地頼みの人材の現地化
 「本社がベトナムの実情を理解してくれない」。筆者もひしひしと感じる現法経営の難しさです。
 ともあれ、もとより安価で豊富な労働力が一番の売りのベトナムでは、現場の作業者・スタッフはベトナム人材を活用するのが常套手段ですし、文化や言語の異なるベトナムでは現場の管理者もベトナム人材を育成し、活用しなければ仕事は進みません。加えて、毎年10%の昇給圧力のかかるベトナムにて業績を維持・向上するには、ベトナム人材を育て、生産性を高めるとともに改善活動を進めて、昇給原資を確保する必要があります。更には事業の拡大に向けた新製品・サービスの投入、組織改編に向けては右腕となる上級管理者を育てないと前に進めません。
 現地の苦労に本社も関心を示して欲しいところですが、こうして本社の関心の有無によらず、一定の現地化は現法主体で進みます。翻せば、現地化は現地法人の仕事と、本社も現地頼みにできるのかも知れません。

□ 多極化・多様化するビジネス環境

 筆者が中学生の頃は、日本は加工貿易の国と教わっていました。その後、日本たたきとプラザ合意を経た急激な円高を受けて「需要のあるところで作る」海外生産が進みましたが、日本企業にとっての主要な海外市場は変わらず、欧米先進国でした。2000年前後にはBRICsやVISTAといった新興国が脚光を浴び、「世界の工場」と言われた中国を筆頭に、労働単価の安いところで作り、日本を含めた先進国に売るというモデルに変容しています。そして現在、中国は世界最大の市場となり、2国間・域内貿易協定の進展とともに、かつての欧米に加えて、中国・東南アジア・中東・インド・アフリカと市場の拡大が続いています。これまでは自由や平等といった比較的同じ価値観や文化を共有できた先進国が商売相手の中心でしたが、これからは多数のしかも特性の異なる地域を相手に販売のみならず生産を行うことが求められてきています。
 2005年には「フラット化する世界」という本が話題を呼びました。確かに情報や製品、資本は国境を越えて自由に行き来するようになってきていますが、一方で経済圏の拡大は共産圏やイスラム圏、民族間の対立など、むしろ各国の文化や価値観、発展度合いの違いを浮き彫りにしている気がします。商圏の拡大は喜ばしい話でもありますが、一方で多極化・多様化するビジネス環境への対応が求められているのだと感じます。

□ 経営の現地化に踏み込みますか?
 「決済権限の制約があり、契約の仕方を相談させて欲しい」。ままいただくご相談です。本社主導の現法経営を指向されているのか、成長の機会として経営経験の少ない駐在員を意図して派遣しているためか、現法に権限を十分に移譲していないケースが見られます。
 多極化・多様化する世界経済に挑むにあたり、現法主導の経営を指向するか、本社主導の経営を進めるかは大きな現法経営の分岐点となりましょう。本社主導であれば権限移譲の範囲は限定すべきとなりますし、現法主導となれば大幅な権限移譲がなければ機動的な経営はできません。ただし、現法主導の経営を進めるには十分に経営を担える人材を潤沢に育てる必要が出てきます。昨今の若手日本人材の海外志向の低さを見るに、自ずと現地人材の活用も考えざるを得なくなりましょう。また、異なる文化・価値観のもとにて主導的に経営を進めるうえでは、必ずしも日本人材が適材とも言えません。
 現地化を特に意図せずとも、特に文化や言語が異なり、昇給率の高い途上国では、管理職レベルまでの現地化は現地主体で進みます。しかしながら、更に経営の現地化・自立化を指向するかは、本社の現法経営の指針次第となります。また、日本人材か現地人材かを問わず、会社の理念・方針に沿った経営人材の育成が求められる経営の現地化・自立化は、現法頼みというわけにもいかず、本社事業部・人事部・現法の三位一体での取り組みが必要となります。 ベトナムにてはマネージャクラスの上級管理者の育成は活況となってきました。そろそろ、経営の現地化まで踏み込むのか、更には現法主導の自立的な経営を指向するのか、議論すべき時期に来ているのかも知れません。

2021年7月12日月曜日

人材の現地化・自立化は価値観と仕事の仕方の海外輸出

 海外拠点の現地化・自立化は日本企業の海外拠点経営における共通の指針ともなっていますが、こと人材の現地化・自立化に向けては、いわゆる方法論といわれるまでに手法が体系化されておらず、ともすれば掛け声倒れとなっている会社も見られます。筆者のベトナムにおけるベトナム人材育成の経験や各社経営者との議論でえられた知見から、人材の現地化・自立化に向けた手法論を少しずつ整理していきたいと思います。

□ 現地化・自立化とは自社らしさや強みを海外で活かすこと
 現地化とは「現地拠点で日々のPQCD(量・質・コスト・納期)が保証できること」、自立化とは「現地拠点の将来に向けた施策を拠点独自に企画・立案・展開できること」とも言われます。
 多くの場合、人材の現地化の指標として、拠点の経営職に当用されているローカル人材の割合が用いられていますが、海外企業買収による進出の場合には現地化率は100%からスタートすることとなり、あまり意味のある指標とはなりません。むしろ買収後のシナジーの創出により、どれほど被買収企業の価値が高まったかを現地化の指標とし、シナジーを活かした独自の事業展開ができるようになったかを自立化の指標として見るべきでしょう。
 もとより単にベトナムに生産ないし販売の機能展開をするだけであれば、業務委託や資本参加などの手段にて現地化や自立化に頭を悩ますことは避けられます。自社の子会社としてベトナムに拠点を構え、赴任者を配置するのは、やはり自社らしさや強みを活かしたベトナム拠点の成長と発展を進めたいという意図があるからでしょう。この意図に沿えば、現地化の指標は、自社らしさ・強みがどの程度ベトナム拠点に根付いたか、自立化の指標は自社らしさ・強みを活かした経営がどの程度拠点主体でできるようになったかとなりましょう。

□ アウェーの地で、途上国人材を相手に、赴任期間を紡いで自社らしさや強みを伝える
 当該地の言語や習慣に長け、赴任地に永住し、現地価格水準の給与で働いてくれる日本人材が拠点経営の中枢を担ってくれれば自社らしさや強みの海外拠点への移転は比較的容易となります。アメリカなど移民政策に寛容な国の海外進出に際しては、同国で生まれ育ったxx系アメリカ人が海外拠点で活躍している状況も多く見られます。
 しかしながら日本においてはそうした海外拠点向きの人材は求めるべくもなく、必然的に現地人材を経営層に至るまで自社らしさや強みの浸透に導いていく必要が生じます。文化や言語の異なるアウェーの地で、技術・能力の未成熟な途上国人材を相手に、短い赴任期間を紡いで人材の現地化・自立化を進めていくことが、日本が抱える現地化・自立化の宿命と言えましょう。

□ 自社らしさや強みを伝える現地化・自立化を進めませんか
 ベトナムにおいても3年前ほどよりマネージャ育成の機運が高まり、直近ではGM・役員クラスの職に就くベトナム人も見られるようになりました。とはいえ、弊社にご依頼をいただく管理者向け育成講座も「論理的な分析力・報告力を高めたい」「経営陣の一員であるマネージャとしてのオーナシップを高めたい」など、人材の現地化・自立化が道半ばである様子が窺えます。
 一方で講座を実施した結果として、マネージャとの肩書はあるものの実態は日本人管理者の補佐役しか務めておらず、ベトナム人マネージャも「全ての企画・決定は日本人がするので、自分たちは指示に従い実行するのみ」との役割認識が根付いてしまっているケースもまま見られます。
 経営人材に足るベトナム人材の育成は、新卒から始めて15年、中途採用に成功しても10年の息の長い取り組みです。日本人の手足としての役割認識がベトナム人に根付いてしまうと、取り戻すのに更に年数を要します。人材の現地化・自立化が息の長い取り組みであるが故にも、とかく単年度の業績目標達成が優先し、後回しにされがちです。ゆっくりとでも着実に自社らしさと強みの普及を進めていければと期待します。

2021年7月5日月曜日

ベトナム行政改革の道険し

 ベトナムがWTOに加盟して以降、海外からの投資を惹きつけんと投資手続きの見直しが度重ねて行われ、現在では特殊でない事業への投資であれば滞りなくライセンスが取得できるようになりました。
 しかしながら、国内の役所手続きについてはまだまだ見直しの余地が多くあり、ベトナムへ進出後のお役所とのやり取りの煩雑さには未だに頭を痛めることが多くあります。

□ ベトナム行政改革の道険し
 先回のひったくり事件の後日談ともなりますが、カバンの中に筆者の運転免許証も入っていたため、再発行の憂き目に会うこととなりました。交通違反で没収された免許証が警察に山積みになっているとのニュースからもわかる通り手続きの煩雑さは想像に難くないのですが、再発行に挑みました。
 結果はテトを含めて延べ6ヶ月、計6回交通局に通い、めでたく再発行できました。仕事の合間に役所を訪ねていたのですが、これだけの期間と回数を要するようでは確かに一般のベトナム勤め人であれば、とっくに諦めてしまいそうです。賄賂の横行とともに、警察に免許が山積みされる理由にも納得がいきます。
以下、免許証再発行の顛末です。

第1回目:弊社スタッフに代わりに行ってもらったものの、本人が行く必要ありとのことにて出直し
第2回目:申請書様式が外国人用となっていないとのことにて出直し
第3回目:結果の受領に向かうも、過去の交通違反の罰金が納付済みであることの証明書類を警察より取得するよう要請され、出直し
第4回目:警察にて罰金納付済みの書面をもらい、交通局に再提出
第5回目:免許証の受領に11時半前に行くも、既に午前の受付時間を終え、人影もなく出直し
(役所のホームページでは平日は11時半まで受け付けとなっている)
第6回目:目出度く免許証を受領

□ 最後は国民を含んだ役所手続きのコスト意識
 上記から見られるように、理想では最短2回(申請書等提出⇒再発行)の訪問にて免許証の再発行ができます。しかしながら、実態はどのくらいの数の方が筆者と同じように行き来を繰り返しているのか不明です。再発行を大半の方が行えるようにするには、以下のような手続き改革・整備が期待されます。

- 必要書類や最新の様式が常にホームページにて確認・取得できるようにしたい
 行政機関のホームページに各手続きに必要な書類の記載がない、もしくは「各決定により示された書類」といった曖昧な記載となっている、既に失効した古い様式が添付されている、などのケースが良く見られます。また今回の場合、窓口の受付時間がホームページの情報と実態とで異なっています。公式のホームページから入手したと言っても、古い様式では担当は受け付けてくれませんし、正確な必要書類は電話では教えてもらえず、窓口に並ばなければならないのが現実です。
 行政機関には具体的な必要書類と常に最新の様式・情報をホームページに掲載するよう期待します。

- 行政機関間の情報共有を進めたい
 日本でも縦割り行政は良くある話ですが、ここベトナムでも変わりません。交通局は過去の違反履歴を調べることはできたようですが、罰金を支払ったかまではわからないようです。
 ベトナムでも住民登録などの情報化は進んでいますが、行政機関を超えて情報を共有、検索できるようになりたいものです。

- 役所手続きのコスト意識を改めたい
 窓口担当者は訪問の度に個別の修正事項の指摘を行い、指摘が出尽くすまで窓口に足を運ぶ必要があります。
 窓口の担当者は申請者が何度役所を往復しようが我関せずで、淡々と職務をこなす発想しか持ち合わせていません。役所を往復すること、社会に賄賂が蔓延すること、警察署に没収した免許証が積みあがることが与える経済損失を鑑みて、手続き並びに担当者の業務手順を見直したいものです。

□ 待たれるベトナム3.0
 ベトナム経済の発展は、政府主体での経済運営のベトナム1.0から、ドイモイ政策を皮切りとする市場開放と外資誘致によるベトナム2.0を経て今日に至っています。幸い慢性的な貿易赤字は外資系企業の輸出により収支均衡状況を維持していますが、賃金上昇や高い福利厚生コスト、煩雑な手続きは徐々に投資先としてのベトナムの魅力を削ぎ、外資のみに依存する経済成長はそろそろ限界を迎えつつあるような気がします。
 反面では各種自由貿易協定による関税収入の減、付加価値税や法人税を支払わない小規模・個人事業者、高い最低課税所得や扶養控除により、大半の給与所得者が所得税を支払わない税体系など、成長に向けた果実をむさぼり食う課題も見られます。警鐘は何度も鳴らされていますが、そろそろ真剣に役所を含めたベトナム人労働者の生産性向上を核としたベトナム国民主体での成長の道を模索すべき時期に来ているのでしょう。

 別件ですが、弊社より社会保険局にレターで問い合わせを行ったところ「なぜ、こんな問い合わせをするんだ」と保険局の担当者が弊社の担当者に電話で怒鳴りつけたようです。役所への往復とともに職員の態度に閉口している従業員を応援する必要もありそうです。

2021年6月28日月曜日

「えむ・お~い」に愛を込めて

  恥ずかしながら在越10年を超えて、初めて「ひったくり」に会いました。バイクとの綱引きに勝てるはずもなくカバンは分捕られ、身を持ってベトナム・ベトナム人の危険を体感することとなりました。
 一方で、ひったくり犯を捕まえようと追いかけてくれたのはベトナム人、最寄りの交番へ連れて行ってくれたのもベトナム人。懐かしのヨードチンキや包帯をくれたアパートの主人もベトナム人、アウェーのベトナムで捨てる神あれば拾う神ありを感じさせる出来事でした。

□ 利害が絡まなければよい人だらけのベトナム人
 顔を出せばいつもの銘柄のタバコを差し出してくれる雑貨屋のおばちゃん。笑顔で出迎えてくれるビアホイのお姉ちゃん。利害のない状況で接するベトナム人は総じて、外国人にはひときわ親切で、ちょっとしたミスもKhong Sao、Khong Saoと寛大に受け入れてくれます。一方で、難癖をつけて担保金を返さない貸事務所の家主や、時間通りに来なくても何食わぬ顔の運転手、弊社の教育資料を拝借して商売をするもと従業員など、利害が絡む場合には利己心が際立つベトナム人材にもまま遭遇します。従業員の採用など、雇用者・被雇用者という利害が生まれる関係にては、人柄の良し悪しの見極めがことさら重要になるのもベトナムならではです。

□ 持ちつ持たれつのベトナムライフ
 弊社は日系企業、また顧客の大半も日系企業ですので、仕事の場面において筆者は、ベトナム人材に対して圧倒的に指導的立場に立ちます。指導時に口答えをするベトナム人材には、カッとしてしまうこともありますし、考えればわかりそうな指導内容では上から目線にもなりがちです。一方で、会社を一歩離れれば、特にお役所関連の手続きなど、ベトナム人材の助けなしには生活もままなりません。仕事では能力向上意欲の高いベトナム人材に成長の機会と知恵を与え、ベトナム生活をなんとかやり過ごすにはベトナム人材の助けを得る。持ちつ持たれつで、ベトナムに住む外国人とベトナム人との関係が成り立っているように思います。
 先日は日系のラーメン屋さんで、ベトナム人従業員を怒鳴りつけている日本人を見かけました。確かにベトナム人従業員にも落ち度があったように見受けましたが、そんなベトナム人材もなくしては会社は成り立たず、ベトナムでの生活も立ち行かないのが現実です。

□ 「えむ・お~い」に愛を込めて
 「筆者の『エム・オイ』には愛がない」。筆者がベトナムに来て間もないころ、レストランで従業員を呼ぶ筆者に向けて、同席したベトナム人が発したコメントです。お酒が入って冗談半分ではありましたが、年下の男女を呼ぶ際には「えむ・お~い」と「お~い、お茶」のコマーシャルのように優しく語尾を伸ばすのが良いのだと教えを受けました。ベトナムのアイン(チ)・エムの関係は日本でいえば兄弟(姉妹)の関係です。兄・姉は弟・妹には思いやりを持って接するのがありたいベトナム流のようです。

 「その地で商売をさせてもらっているのだから、感謝の気持ちで仕事をする」とも言われます。日系企業のベトナム進出がベトナム社会の発展の一翼を担い、外貨を稼ぎ、人を育てる。その一方で94百万人の比較的安価で実直なベトナム人材が、日本製品・サービスの競争力の維持に貢献してくれています。先進国から来た外国人だからといって高飛車になることなく、善き先生を目指したいと思います。
 3つ料理を頼むと2つしか出てこない、日本人には当たり前に思える行動が見られない、イラっとすることも多いベトナムですが、ベトナム人の助けなしには生きてもいけないのが外国人である日本人です。持ちつ持たれつだと思って、愛を込めて「ちょい・お~い」と叫びましょう。

2021年6月21日月曜日

方針展開は思いの共有から

 各社には既に2021年の方針を固めて、新たな取り組みを始められているところでしょうか。3月期の会社にはまさに方針の展開を進められる段階かと思います。
 年々ベトナム人マネージャに主体的に部門方針を掲げるよう促す動きが増しており、弊社でも部門方針の策定講座を先に開催しました。少し気になった、駐在員の方にも留意していただきたいポイントがありましたので、共有させていただきます。

□ 文章は「見る」のがベトナム流

 「わかっていないのに、『わかった、わかった』という」は、良くいただくベトナム人材に関するコメントです。なるほど文章についても同様で、文章は「読んで」おらず、「見て」いるだけで、書かれている言葉がわかれば「わかった」と応えます。あたかも、タバコを吸いながら「喫煙禁止」の看板を見ているようなものでしょうか。書かれている言葉はわかっているが、それが何を意図するのか、どのように行動に反映すべきか、頭の中で咀嚼されていないように感じます。

□ 言葉に込められた意図が訳されているか、確認しましょう
 弊職も自社の方針を打ち出すにあたっては、短い言葉で思いが伝わるよう、言葉を選びます。多くの会社では日本語で作成した思いのこもった会社方針をベトナム語に訳して従業員と共有されているかと思いますが、残念ながら思いの伝わらないベトナム語となっている状況がよく見られます。
 翻訳するベトナム人担当者は日本語にも長けていると思われますが、残念ながらベトナム人材はベトナム人材、書かれた方針書を「見て」はいますが、「読んで」はいないようです。「見た」ままに翻訳をしてしまうため、意図の伝わらないベトナム語を使ってしまいます。
 例えば、「Challenge for next」という方針であれば、「会社を次の段階に発展させるべく、皆が新しい取り組みに挑戦しよう」という思いが読み取れます。ところが、これを「Tiep tuc(継続する)thu thac(挑戦)」と訳してしまうと、“これまで通り”挑戦を継続するという文となってしまい、従業員に新しい取り組みを促す意図が伝わらなくなってしまいます。正しくは「Thu thac(挑戦)thiep theo(次の)」のように訳すべきかと思います。
 言葉の意図を読んで、ベトナム語に訳すのは容易でありませんが、会社方針のように言葉を選んで作成された文章は、意図が訳されないと意味をなさなくなります。翻訳者に翻訳文の意味を日本語で説明してもらう、もしくは他の翻訳者に訳されたベトナム語を逆に日本語に訳してもらうなどして、意図通りの文面になっているかの確認をお勧めします。

□ 思いのこもった言葉は、説明を加えましょう
 もう一つの共有したいポイントは、言葉にこもった思いを伝えましょう、という点です。方針の文章で「『ひとりひとり』が成長し…」という言葉が使われていたとします。ベトナム語では「tung nguoi tung nguoi(ひとりひとり)」となり、訳としては間違っていません。しかしながら、ベトナム人マネージャが策定する方針を見ると、「部下の…能力を高める」となっており、「ひとりひとり」に込められた思いが反映されていません。「ひとりひとり」という言葉には「各人が主体性を持って、自ら成長を志向する」という個々従業員の意識変革への期待がこめられていると読み取れますが、こうした言葉の裏にある思いを「読む」ことは苦手のようです。
 「見れ」ど「読ま」ないベトナム人材の特性と、短歌・俳句のように隠喩などの手法を使って言葉に思いを込める日本人との間には大きな乖離があります。「仕事の質」や「進化」、「仕組み構築」「すぐやる」などなど、単にベトナム語に訳しただけでは字義通りの浅い理解にとどまる言葉が会社方針には多用されていると思います。思いの込められた言葉には注釈をつける、もしくは口頭でも言葉に込められた期待を具体的に説明するなどしないと容易には思いは伝わりません。
 弊社の部門方針策定講座で、ベトナム人マネージャがまずつまずくのが、会社方針の理解です。すぐに数値目標や担当部門の施策に目が行ってしまい、目標や施策が目指すところの目的を見失った方針が策定されてしまいます。方針の理解とは言葉の裏にある思いを理解することであり、より深い考察力が必要となります。会社方針を読み聞かせるだけでなく、思いを共有することで一貫性のある方針の展開を進めましょう。

2021年6月14日月曜日

「良き管理者」は「良き評価者」

 各年次の初めは、気持ちも新たに新年度を迎えたいところですが、多くの会社では昨年を振り返る人事評価の頭の痛い時期ともなります。阿吽の呼吸で評価結果が決まる日本と異なり、評価結果はともあれ同僚も引き合いに出して昇給を期待するベトナム人材との折衝は精神的にも疲弊します。

□ 全員「期待値を満たす」がベトナム流の評価?
 ベトナム人管理者が行う人事評価について良く伺う課題は、「評価結果が上振れする」「部下の評価に無関心」「好き嫌いで部下を評価する」といった内容でしょうか。
 弊社の教育講座で行うテストにては、驚くほどベトナム人材はカンニングに寛容です。始終注意をして回らないと、隙があれば、教材やノートを開いたり、他者と答えを共有します。また、大学での試験に際しても同様に、まずは監督官を監督しなければ、どの監督官も注意をしないとの話を伺いました。
 長期勤続を前提とした日本においては、上司と部下との人間関係が会社を超えた師弟関係のようになりがちですが、各人の自尊心が強く職務指向のベトナムでは、仕事上の指示者と作業者という役割上の関係にとどまりがちです。従って、大学の試験官や弊社講座の受講生がカンニングを指摘しても互いのメリットにならないと考えるように、ベトナム人の上司も敢えて部下の評価を下げて機嫌を損ねるようなことはしなくなります(逆に機嫌を損ねても差し支えない部下の評価を下げる)。
 日本では「褒めるも叱るも親心から」とも言いますが、他人同士の関係性が比較的薄いベトナムでは、親心を持つほど部下には入れ込まないようです。

□ 部下の育成は部下のため?上司のため?
 親心での部下育成は部下のためを思っての指導となりますが、「育てても辞めて行く」、「素直には指導に従わない」、「キャリアの志向が異なる」など、各従業員がより個人として仕事をするベトナムの実情を鑑みると、「部下のために…」という動機づけで上司であるベトナム人管理者に部下の育成を促すのは、やや説得力に欠ける感があります。むしろ、上司であるベトナム人管理者には、自分のために部下を育成せよと説明するほうが受け入れやすいかも知れません。
 自身が責任を持つ組織目標の達成・維持・向上を現場で推進するのは上司自身ではなく部下となります。また、自身の昇進に向けては後任となる部下を育成しておくことが必須となります。流動性の高い労働市場のベトナムでは、標準化・仕組み化を含めていかに効果効率的に部下を活用できるかが、高い成果を創出する管理者の必須要件であるともいえましょう。

□ 「良き管理者」は「良き評価者」
 ベトナム人管理者の中には、「人事評価は部下の給与を決める作業であり、自分には関係ない」と考えたり、「実績・能力に関わらず、期待する給与を与えないと部下が辞めてしまう」と考える方がいます。
 管理者の仕事の大半は部下への指示や育成と関係しており、上司の成果は部下の成果によって決まります。「良き管理者は良き評価者」とも言いますが、管理者として高い成果を出せる人は、部下を客観的に評価し、改善点の根本原因を掘り下げて指揮・指導できる人です。人事評価を部下の給与を決める作業と考えるのではなく、自身の成果を高めるために部下の改善点をまとめあげる機会として捉えて、管理者としての部下評価能力を鍛え上げたいものです。 人事評価の納得性は人事評価の1鉄則ですが、評価のプロセス(識別された改善点)への納得性が評価結果の納得性につながります。評価結果を議論するのではなく、成果向上に向けた改善点の議論に軸足を置き、改善点の多寡軽重から評価結果を導けるようにできれば、人事評価で頭を悩ますことも減らせるかと思います。

2021年6月7日月曜日

「辞めていく」人材、「辞めてもらう」人材への備え

 ベトナムに合った人事制度についてのセミナーを開催させていただき、多くの方に参加いただきました。また、周りを見回しても昨今は人事制度がらみの話題が多く、各社の関心の高さが伺えます。
今回は、筆者の人事制度関連の経験から、人事制度構築・改訂に向けた課題提起をしたいと思います。

□ 「辞めてもらう」人材にまで気が回らない?

 人事制度に関するお悩みを伺うと、概ね各社共通して「実績・実力に応じて客観的・公正に評価し、昇給・昇格の判断をしたい」との期待をいただきます。一方で、会社の人事データを拝見すると、次のような状況がよく見られます。1.同一等級に長期滞留した人材が多い。2.立ち上げ時に入社した古株人材の給与水準が飛びぬけて高くなっている。3.等級間で給与が逆転している人材がいる。
 人材の流動が激しいベトナムですから、各社コア業務を担う人材のつなぎ止めに苦心される一方、引き留め対象とならない人材の継続した昇給と滞留が見過ごされてしまうためでしょうか。こうした状態が続くと、滞留・高給与人材が給与原資を圧迫し、期待する人材に多くを振り向けられない。実力と異なる給与格差に従業員の不満が募る。古株が社内で大手を振り、古いベトナムの考えに社風が染められるなどの問題が生じかねません。

□ 日本の人事制度は世界的にも特殊?
 日本でも中途採用が一般化し、役職定年などの制度が運用され始めていますが、まだまだ終身雇用に準じた人事制度のもと、緩やかな昇給・昇格と定年間近での役員昇進を行っている会社が多いように伺えます。
 日本以外ではとも言えますが、ここベトナムでも日本とは異なる就労意識・慣行となっており、日本との違いを踏まえた制度設計・人材経営が求められます。

▪ 人は自ずと辞めて行く
 日本は世界一と言える長期勤続習慣のある国です。就労者の約5割が10年以上同一社に勤務し、5年超を含めると7割にもなります。一方でオーストラリアは3年内で転職する就労者は3割超、5年内を含めると半数強となります。ベトナムでは、オーストラリアと同じ、もしくはそれ以上の転職傾向が見られます。

▪ 妥当な給与水準は存在しない
 ベトナムの就労人口は約5400万人ですが、うち民間企業に勤務する就労者は36%に過ぎず、外資系企業に絞るとわずか8%です。日本ではサラリーマンの年齢別平均所得などが自身の給与の高低を測る物差しとなりますが、ベトナムでは通用しません。採用支援会社や公的機関が提供する給与調査データは、賃金テーブル作成時の根拠として参考にできますが、ベトナム人材の納得や満足が得られるわけではありません。ベトナム人材にとっての妥当な給与水準は、外資系企業勤務に限らない、家族・知人・友人の裏経済を含めた所得水準との比較で決まります。

▪ 出世を急ぐベトナム人材
 ベトナムの経済成長が始まったのはアメリカからの経済封鎖が解除された1994年以降と思いますが、わずか20年予の間に大きな格差が生まれました。日本の10億長者の平均年齢は72.6歳とのことですが、資産3,000億を超えるビングループのブオン会長は51歳、ベトジェットのタオ社長は49歳です。ベトナム人材の期待は30代でマネージャ、40代で経営陣入り(もしくは独立)でしょうか。

□ 「辞めて行く」人と「辞めてもらう」人への備え
 日本とは異なるベトナムで人事制度を確立していくためには、まずは各社なりの人材経営の指針を固める必要があると考えます。
 自ずと辞めて行く人材については、人が変わっても仕事の質が変わらないよう、日本人が苦手な形式知化に本腰を入れて取り組む必要があります。一方で、成長が見込めない人材には辞めてもらう備えも必要でしょう。まま「いなくなると困るので」という声も耳にしますが、長期的に見てその人材が本当に必要なのか、会社と本人双方の将来の視点から考えたいものです。「成長しないこと」を理由とした解雇はできませんが、等級別基本給に上限を設ける・評価の結果として昇給しない、などは該当人材に対する離職勧告のメッセージとなります。
 また、将来を期待される人材には、より高いハードルを提示して動機づけるというのはいかがでしょう。期待を満たし、実績を上げられれば20代でもマネージャになれるなど、実力のある人材の早期の昇格を可能とすることで給与水準を高めることなく、若手優秀人材の期待に応えられます。
 日本的な人材経営慣行からか、「辞めてもらう」ことに抵抗感を感じる方もいらっしゃるようですが、人事は社長の仕事です。辞めてもらう勇気を持つことも社長の資質の一つかもしれません。

2021年5月31日月曜日

独立・解放・幸福

 トランプ氏が白人至上主義を擁護するような発言から、アメリカの価値観に合わないと批判されたり、安倍首相は「価値観を共有する…」と連呼したりと、何かと各国・各国間の価値観、その違いが話題となっているように感じます。もとより、ベトナム人材を活かし・育てる難しさも日本とベトナムの価値観の違いによるところが多いのですが、あらためてベトナムを代表する「独立・解放・幸福」から、日本とベトナムの価値観の違いを見てみたいと思います。

□ 「独立・解放・幸福」
 普段は気にもされないかと思いますが、「Doc lap(独立)- Tu do(解放)- Hanh phuc(幸福)」は全てのベトナムの公式文書の右上に記載された、ホーチミン思想の根幹を表す言葉です。日本で言えば、「国民主権 – 平和主義 - 基本的人権の尊重」にも相当するものでしょうか。
 ベトナムがホーチミン思想によって立つことは、2013年の憲法改正以前は前文にても謳われおり、2013年憲法では前文からは見当たらなくなったものの、依然として憲法文書の右上には「独立・解放・幸福」が掲げられており、第4条にて、ベトナム共産党のよって立つ思想として記載されています。
 ホーチミン思想の教育資料によれば、概略ではこの「独立・解放・幸福」は以下のように説明されています。
 「ホーチミン思想は包括的な思想体系で、ベトナムの革命に向けた本質的な課題に対する深い示唆である。それは、“国家としての独立、階級からの解放、人民の解放を指す”。革命に尽くしたホーチミンの人生と、ベトナムの独立・解放に向けた彼の願いは、“誰もが幸福で、衣食に足り、教育された人々”をもたらす」
 2013年憲法の前文においては、「富民、強国、民主、公平、文明」が憲法の目的とされ、ホーチミン思想を国全体の根幹思想としては捉えなくなったように窺えますが、2005年教育法は、ホーチミン思想を基礎に置くとされており、「Doc lap(独立)- Tu do(解放)- Hanh phuc(幸福)」は今しばらくはベトナムの中心的な価値観のままでいるものと思われます。

□ 「解放」の誤解が過剰な自尊心を生み、「幸福」は権利であるとの誤解を生む?
 ベトナムの独立戦争は、フランス・アメリカの傀儡政権から国を取り戻すという革命戦争であり、ホーチミン氏が被支配層の労働者・農民を決起し、また独立後に分断された民衆の意思統一を図るべく、独立・解放・幸福を旗頭としたことには頷けます。しかしながら、特に「解放」と「幸福」を革命思想的な理解のまま、ドイモイを経て市場開放・近代化を目指す今日にあてはめると、やや不協和音が生じそうです。
 「独立」:ご承知のとおり、ベトナムには軍があり、徴兵制があります。また、国家常務委員会においては有事の際の総動員または局地動員の決定を下す権限があると憲法74条に定められています。長く続いた他国からの支配に対する強い独立堅持の意思は続いています。
 「解放」:ホーチミン思想の中では「階級からの解放」と「人民の解放」という2つの解放が示されています。確かに、残業時間上限の拡大や定年年齢延長への国民からの強い反対に政府が決定を延期するなど、労働・農民層が社会の中心であるという価値観の表れが窺えます。また、「私の決意・決断を誰も止めることはできない!」という声をベトナム人スタッフからまま耳にします。「何びとも自分を批評・批判・抑制することはできず、自分の道は自分で決める」といった人民解放の表れでしょうか。ともすれば、傲慢で人の意見に耳を貸さず、自身の行動が他人を傷つけることも意に介さないベトナム人材も見かけます。
 「幸福」:やっかいなのが、独立・解放の結果として、「誰もが幸福で、衣食に足り、教育された人々」をもたらすと説明されている点でしょう。「仕事を依頼すると、成果を出す前に報酬を要求する。毎年昇給するのが当たり前だと思っている」というのも良く耳にする話です。独立・解放を成し遂げた今日においても、独立・解放を堅持する限り、幸福(衣食や教育)は“与えられる”ものだと曲解している人がいるように思えます。

□ 異なる価値観を超えて、御社の価値観を打ち立てる
 異なる歴史を持つ日本とベトナムは、自ずと根底にある価値観は異なりますが、革新や発展・成長を求めるなどは、互いの価値観とも矛盾せず共有できるものです。他国民の価値観を否定するような価値観を持った会社はないかと思います。価値観の違いを認識したうえで、一方に偏ることがないよう、各社独自の第3の価値観を打ち立てたいものです。 一方で、行き過ぎた「解放・幸福」の価値観を持ったベトナム人材に巡り合うことも良くあります。こうした人たちは会社の価値観を差し置いて、自身の価値観で行動することが多いため、採用時には職務経験やスキルのみならず、態度や考え方などの診断もされることをお勧めします。

2021年5月24日月曜日

人はいるが、良い人がいないのが悩みどころ

 2009年頃には「1,000人募集しても40人しか集まらなかった」といった超売り手市場の状況もありましたが、直近は採用募集をかければ、それなりに人が集まるように労働市場の需給バランスが取れるようになってきました。しかしながら、離職者数の多さに比べ、採用時にはなかなか良い人が見つからないのが実情で、ベトナムには「人はいれど、良い人はいない」のではと頭を痛めてしまいます。

□ 年齢や経験を重視する落とし穴
 そんな中、ともあれ亀の甲より年の功、社会経験があればきっと会社のキーマンになってくれるだろうとの期待からでしょうか。日本でいう油の乗った40代以降を採用される会社が特に立ち上げ期に見られます。
 しかしながら、ともするとそうした方々はマルクス・レーニン主義が脳裏に刻み込まれ、先進国的な考え方についていけない、不正に手を染めやすい人材であるケースもまま見られます。
 アメリカからの経済制裁を解除に伴い、ベトナムへ外資が参入し始めたのが1994年。45歳以降のベトナム人材の大半はベトナム国営企業等で洗礼を受けた方々となります。日本企業が本格的に進出を始めたのが2006年。社会人になってより10年程度日本企業で経験を積んだ人はまだわずかです。ベトナムの教育法がやや近代化されたのが2005年。革命思想から離れた道徳教育がされてきた人たちは、まだ18歳以下というのがベトナムの人材状況です。

□ 更なる若手人材に期待し、育てる環境つくりを進めましょう
 各社が期待する「良い人材」とは、1.腕に覚えがあり、2.頭が冴え、3.人格者である人材かと思います。しかしながらそうした人材が市場に十分供給されるまでには、あと15年は必要そうです。全てが揃わないことを前提に、要員・採用計画を考える必要がありそうです。

1) 空席を埋めるための中途採用の高値掴みは避けたい
 核となるポジションの人材が突然離職して、慌てて採用を迫られるケースがままあります。そんな状況下では、飾られた経歴書の候補者を高い希望給与でついつい採用してしまいがちです。しかしながら蓋を開けると、能力もさほどではなく、次なる転職に浮足立っているジョブホッパーだったりすることもよくあることです。
 急な欠員が出たので仕方がない、との声も聞こえてきそうですが、案外離職予備軍は見つけられるものです。求職者の8割が求人サイトに登録するベトナムでは求職者を検索できる機能を持った求人サイトも多々あります。そんなサイトで御社名で検索をかければ離職予備軍が見当たります。また、慣れてくると、仕事の成果にムラがでる、帰省や私用による休暇が増えるなどの仕事ぶりから「あ。。この子辞めるな…」と感じ取ることもあります。

2) 内部昇進を優先したい
 急な欠員や、急ぎ体制を整えたいとの思いからか、特に管理者を中途採用で埋めていく傾向が伺えます。求職者も一段高い職位を目指して、特に立ち上げ期にある会社を好んで応募します(立ち上げ期は購買が増えるため、諸々うまみが多いというのもありますが)。しかしながら、「良い人材」の3点を兼ね備えた人材は各社も容易に手放すはずもなく、応募者の多くはいずれかに欠点がある人材と想定しておいた方が良いでしょう。
 ベトナムでは職務別の採用が一般的なことから、中途採用を中心とした方法に違和感を覚えるベトナム人材は少ないと思いますが、同時にベトナムでは一般的な「より高い職位を得るためには転職すべし」という風潮も会社に根付き、若手の昇進意欲をそいでしまうことにもなりかねません。最近は「上が詰まっていて昇進の余地がない」との声も受講生より良く耳にします。昇進候補生を育て、欠員時には内部昇進を中心に据えたいものです。

3) 若手を伸ばす環境つくり
 2005年の教育法の改訂も大きな一歩ですが、年々人材の質が高まってきているように思えます。
 視野の狭い上級管理者層の思考を変えたいと、教育のご依頼をいただくこともありますが、案外若手管理者層に成長の芽がある子が多くいたりすることもよくあることです。在籍している管理者層を前提に会社の将来図を描くと、潜在能力のある若手は去っていきます。
 改善活動やQC活動などの自主活動を通じて若手人材に成長と自己PRの場を与え、実力さえあれば上も追い越せるとの指針のもと、下からの突き上げを促すような人材経営をされても良いのではと感じます。
 弊社でも採用にはほとほと苦労をしていますが、総じて若い人の方が素直で飲み込みも早い傾向が伺えます。即戦力は喉から手が出るほど欲しいところですが若い人材を育てる環境つくりが意外に近道なのかも知れません。

2021年5月17日月曜日

ベトナム人材と教育

 ベトナム人材が報連相や主体的な活動に弱いと言うのは良く聞く話ですが、「学校におけるマスプロ教育」が原因と片づけられることにはやや違和感を覚えます。というのも、筆者の学生時代を思い出しても、学校で発表や討議の機会は少なく、先生が一方的に話した内容をノートに取り、ノートの内容で試験に臨むというのが普通の勉強スタイルだったからです。せっかくの機会と思い、ベトナムにおける教育の歴史を少しかじってみました。

□ ベトナムの歴史は従属の歴史
 ベトナムの歴史は「北属南進の歴史」と言われますが、紀元前より1850年代のフランス統治までの間、延べ約1000年、4度にわたり現中国(漢・隋・明)の支配下にありました。中国は統治の手段として仏教や道教とともに「忠君」の思想を中心に儒教を普及させたようです。
 フランスの植民地下においては、「フランスの行政・工場経営者・商業経営者そして植民者にとって従順な官吏、教師、通訳そして店員となる土民を訓練することである」との目的のもとに教育が行われ、おなじみのファン・ボイ・チャウをして、「亡国以前には良教育はなかったが、未だ奴隷牛馬たるの教育はなかった。亡国以後、良好の教育はもとよりフランス人の増加するところではないのみならず、日々に奴隷牛馬にする教育を強要したのである」と評される教育だったようです。しかしながらフランスの建設した教育施設はかなり数に限りがあり、一般人はほぼ無学であったようです。

□ ベトナムの独立と南北の統一

 第2次大戦の機を得て、ホー・チ・ミンが独立に向けて手本としたのが、ロシア革命にならったマルクス・レーニン主義です。ベトナムの独立・統一後も南部の思想改革のねらいも含め「ベトナムの教育制度は…優秀な社会主義労働者を養成し、将来の革命世代を育成することである」と1980年憲法にも革命思想は引き継がれていきます。ドイモイ後、1998年に教育法が成立します。「ベトナムの教育は、人民的、民族的、科学的、現代的な性格を持つ社会主義教育であり、マルクス・レーニン主義とホーチミン思想を基礎とする」とベトナムの市場経済化に向けた近代化が見られるようになります。その後2005年に教育法が改訂され、社会主義教育やマルクス・レーニン主義、ホーチミン思想に変わるところはありませんが、より実社会・経済ニーズへの適合が強調されるようになっています。

□ 教育は価値観共有の手段でもある。またれるベトナム人材の自主自立化
 日本でも1890年に発布された忠君愛国主義を旨とする教育勅語がその後の戦争への下地作りを進め、戦後1947年の教育基本法により、民主や平和・人類の福祉といった価値観を共有することとなったわけですが、言うまでもなく教育は世相を反映した価値観を国民が共有するための手段でもあります。
 日本から遅れること50年、ベトナムでは、市場経済を前提とした教育は1998年に始まり、教育の近代化は2005年から始まったともいえましょう。こうした点からは現代の日本人と近しい価値観を持った人材が社会で活躍するようになるには、後10~20年待つ必要があります。 


 話を戻し、日本人がなぜ報連相に長け、主体性を持った行動が取れるのかについては、私見ですが学生時代の部活動やサークル活動といった自治・集団活動が影響しているのではと感じています。絶対的な権限者がいない中で互いに意思疎通し合意形成をしていく活動が、他人を慮った各人の主体的な行動や思考の発達につながっていると思うのです。
 最近では、ベトナムでも学生の語学サークルやボランティア活動などの自治的な活動が見られるようになりました。これからのベトナム人材の主体性や説明力には大いに期待が持てます。

果たして経営の現地化は進むか

 90年代後半、世界経済の3つのシナリオというのを目にしました。世界経済は大国のもと一様化するという第一のシナリオ、少数の強国に収れんされるという第二のシナリオ、そして複数の国により混沌化するといったものです。ソ連崩壊後の安定した経済化の当時は、当然のごとく第一シナリオが有力に感...