2021年7月19日月曜日

果たして経営の現地化は進むか

 90年代後半、世界経済の3つのシナリオというのを目にしました。世界経済は大国のもと一様化するという第一のシナリオ、少数の強国に収れんされるという第二のシナリオ、そして複数の国により混沌化するといったものです。ソ連崩壊後の安定した経済化の当時は、当然のごとく第一シナリオが有力に感じられていましたが911テロで幕を開けた21世紀はむしろ第三のシナリオに向かっているように思えます。

□ 現地頼みの人材の現地化
 「本社がベトナムの実情を理解してくれない」。筆者もひしひしと感じる現法経営の難しさです。
 ともあれ、もとより安価で豊富な労働力が一番の売りのベトナムでは、現場の作業者・スタッフはベトナム人材を活用するのが常套手段ですし、文化や言語の異なるベトナムでは現場の管理者もベトナム人材を育成し、活用しなければ仕事は進みません。加えて、毎年10%の昇給圧力のかかるベトナムにて業績を維持・向上するには、ベトナム人材を育て、生産性を高めるとともに改善活動を進めて、昇給原資を確保する必要があります。更には事業の拡大に向けた新製品・サービスの投入、組織改編に向けては右腕となる上級管理者を育てないと前に進めません。
 現地の苦労に本社も関心を示して欲しいところですが、こうして本社の関心の有無によらず、一定の現地化は現法主体で進みます。翻せば、現地化は現地法人の仕事と、本社も現地頼みにできるのかも知れません。

□ 多極化・多様化するビジネス環境

 筆者が中学生の頃は、日本は加工貿易の国と教わっていました。その後、日本たたきとプラザ合意を経た急激な円高を受けて「需要のあるところで作る」海外生産が進みましたが、日本企業にとっての主要な海外市場は変わらず、欧米先進国でした。2000年前後にはBRICsやVISTAといった新興国が脚光を浴び、「世界の工場」と言われた中国を筆頭に、労働単価の安いところで作り、日本を含めた先進国に売るというモデルに変容しています。そして現在、中国は世界最大の市場となり、2国間・域内貿易協定の進展とともに、かつての欧米に加えて、中国・東南アジア・中東・インド・アフリカと市場の拡大が続いています。これまでは自由や平等といった比較的同じ価値観や文化を共有できた先進国が商売相手の中心でしたが、これからは多数のしかも特性の異なる地域を相手に販売のみならず生産を行うことが求められてきています。
 2005年には「フラット化する世界」という本が話題を呼びました。確かに情報や製品、資本は国境を越えて自由に行き来するようになってきていますが、一方で経済圏の拡大は共産圏やイスラム圏、民族間の対立など、むしろ各国の文化や価値観、発展度合いの違いを浮き彫りにしている気がします。商圏の拡大は喜ばしい話でもありますが、一方で多極化・多様化するビジネス環境への対応が求められているのだと感じます。

□ 経営の現地化に踏み込みますか?
 「決済権限の制約があり、契約の仕方を相談させて欲しい」。ままいただくご相談です。本社主導の現法経営を指向されているのか、成長の機会として経営経験の少ない駐在員を意図して派遣しているためか、現法に権限を十分に移譲していないケースが見られます。
 多極化・多様化する世界経済に挑むにあたり、現法主導の経営を指向するか、本社主導の経営を進めるかは大きな現法経営の分岐点となりましょう。本社主導であれば権限移譲の範囲は限定すべきとなりますし、現法主導となれば大幅な権限移譲がなければ機動的な経営はできません。ただし、現法主導の経営を進めるには十分に経営を担える人材を潤沢に育てる必要が出てきます。昨今の若手日本人材の海外志向の低さを見るに、自ずと現地人材の活用も考えざるを得なくなりましょう。また、異なる文化・価値観のもとにて主導的に経営を進めるうえでは、必ずしも日本人材が適材とも言えません。
 現地化を特に意図せずとも、特に文化や言語が異なり、昇給率の高い途上国では、管理職レベルまでの現地化は現地主体で進みます。しかしながら、更に経営の現地化・自立化を指向するかは、本社の現法経営の指針次第となります。また、日本人材か現地人材かを問わず、会社の理念・方針に沿った経営人材の育成が求められる経営の現地化・自立化は、現法頼みというわけにもいかず、本社事業部・人事部・現法の三位一体での取り組みが必要となります。 ベトナムにてはマネージャクラスの上級管理者の育成は活況となってきました。そろそろ、経営の現地化まで踏み込むのか、更には現法主導の自立的な経営を指向するのか、議論すべき時期に来ているのかも知れません。

2021年7月12日月曜日

人材の現地化・自立化は価値観と仕事の仕方の海外輸出

 海外拠点の現地化・自立化は日本企業の海外拠点経営における共通の指針ともなっていますが、こと人材の現地化・自立化に向けては、いわゆる方法論といわれるまでに手法が体系化されておらず、ともすれば掛け声倒れとなっている会社も見られます。筆者のベトナムにおけるベトナム人材育成の経験や各社経営者との議論でえられた知見から、人材の現地化・自立化に向けた手法論を少しずつ整理していきたいと思います。

□ 現地化・自立化とは自社らしさや強みを海外で活かすこと
 現地化とは「現地拠点で日々のPQCD(量・質・コスト・納期)が保証できること」、自立化とは「現地拠点の将来に向けた施策を拠点独自に企画・立案・展開できること」とも言われます。
 多くの場合、人材の現地化の指標として、拠点の経営職に当用されているローカル人材の割合が用いられていますが、海外企業買収による進出の場合には現地化率は100%からスタートすることとなり、あまり意味のある指標とはなりません。むしろ買収後のシナジーの創出により、どれほど被買収企業の価値が高まったかを現地化の指標とし、シナジーを活かした独自の事業展開ができるようになったかを自立化の指標として見るべきでしょう。
 もとより単にベトナムに生産ないし販売の機能展開をするだけであれば、業務委託や資本参加などの手段にて現地化や自立化に頭を悩ますことは避けられます。自社の子会社としてベトナムに拠点を構え、赴任者を配置するのは、やはり自社らしさや強みを活かしたベトナム拠点の成長と発展を進めたいという意図があるからでしょう。この意図に沿えば、現地化の指標は、自社らしさ・強みがどの程度ベトナム拠点に根付いたか、自立化の指標は自社らしさ・強みを活かした経営がどの程度拠点主体でできるようになったかとなりましょう。

□ アウェーの地で、途上国人材を相手に、赴任期間を紡いで自社らしさや強みを伝える
 当該地の言語や習慣に長け、赴任地に永住し、現地価格水準の給与で働いてくれる日本人材が拠点経営の中枢を担ってくれれば自社らしさや強みの海外拠点への移転は比較的容易となります。アメリカなど移民政策に寛容な国の海外進出に際しては、同国で生まれ育ったxx系アメリカ人が海外拠点で活躍している状況も多く見られます。
 しかしながら日本においてはそうした海外拠点向きの人材は求めるべくもなく、必然的に現地人材を経営層に至るまで自社らしさや強みの浸透に導いていく必要が生じます。文化や言語の異なるアウェーの地で、技術・能力の未成熟な途上国人材を相手に、短い赴任期間を紡いで人材の現地化・自立化を進めていくことが、日本が抱える現地化・自立化の宿命と言えましょう。

□ 自社らしさや強みを伝える現地化・自立化を進めませんか
 ベトナムにおいても3年前ほどよりマネージャ育成の機運が高まり、直近ではGM・役員クラスの職に就くベトナム人も見られるようになりました。とはいえ、弊社にご依頼をいただく管理者向け育成講座も「論理的な分析力・報告力を高めたい」「経営陣の一員であるマネージャとしてのオーナシップを高めたい」など、人材の現地化・自立化が道半ばである様子が窺えます。
 一方で講座を実施した結果として、マネージャとの肩書はあるものの実態は日本人管理者の補佐役しか務めておらず、ベトナム人マネージャも「全ての企画・決定は日本人がするので、自分たちは指示に従い実行するのみ」との役割認識が根付いてしまっているケースもまま見られます。
 経営人材に足るベトナム人材の育成は、新卒から始めて15年、中途採用に成功しても10年の息の長い取り組みです。日本人の手足としての役割認識がベトナム人に根付いてしまうと、取り戻すのに更に年数を要します。人材の現地化・自立化が息の長い取り組みであるが故にも、とかく単年度の業績目標達成が優先し、後回しにされがちです。ゆっくりとでも着実に自社らしさと強みの普及を進めていければと期待します。

2021年7月5日月曜日

ベトナム行政改革の道険し

 ベトナムがWTOに加盟して以降、海外からの投資を惹きつけんと投資手続きの見直しが度重ねて行われ、現在では特殊でない事業への投資であれば滞りなくライセンスが取得できるようになりました。
 しかしながら、国内の役所手続きについてはまだまだ見直しの余地が多くあり、ベトナムへ進出後のお役所とのやり取りの煩雑さには未だに頭を痛めることが多くあります。

□ ベトナム行政改革の道険し
 先回のひったくり事件の後日談ともなりますが、カバンの中に筆者の運転免許証も入っていたため、再発行の憂き目に会うこととなりました。交通違反で没収された免許証が警察に山積みになっているとのニュースからもわかる通り手続きの煩雑さは想像に難くないのですが、再発行に挑みました。
 結果はテトを含めて延べ6ヶ月、計6回交通局に通い、めでたく再発行できました。仕事の合間に役所を訪ねていたのですが、これだけの期間と回数を要するようでは確かに一般のベトナム勤め人であれば、とっくに諦めてしまいそうです。賄賂の横行とともに、警察に免許が山積みされる理由にも納得がいきます。
以下、免許証再発行の顛末です。

第1回目:弊社スタッフに代わりに行ってもらったものの、本人が行く必要ありとのことにて出直し
第2回目:申請書様式が外国人用となっていないとのことにて出直し
第3回目:結果の受領に向かうも、過去の交通違反の罰金が納付済みであることの証明書類を警察より取得するよう要請され、出直し
第4回目:警察にて罰金納付済みの書面をもらい、交通局に再提出
第5回目:免許証の受領に11時半前に行くも、既に午前の受付時間を終え、人影もなく出直し
(役所のホームページでは平日は11時半まで受け付けとなっている)
第6回目:目出度く免許証を受領

□ 最後は国民を含んだ役所手続きのコスト意識
 上記から見られるように、理想では最短2回(申請書等提出⇒再発行)の訪問にて免許証の再発行ができます。しかしながら、実態はどのくらいの数の方が筆者と同じように行き来を繰り返しているのか不明です。再発行を大半の方が行えるようにするには、以下のような手続き改革・整備が期待されます。

- 必要書類や最新の様式が常にホームページにて確認・取得できるようにしたい
 行政機関のホームページに各手続きに必要な書類の記載がない、もしくは「各決定により示された書類」といった曖昧な記載となっている、既に失効した古い様式が添付されている、などのケースが良く見られます。また今回の場合、窓口の受付時間がホームページの情報と実態とで異なっています。公式のホームページから入手したと言っても、古い様式では担当は受け付けてくれませんし、正確な必要書類は電話では教えてもらえず、窓口に並ばなければならないのが現実です。
 行政機関には具体的な必要書類と常に最新の様式・情報をホームページに掲載するよう期待します。

- 行政機関間の情報共有を進めたい
 日本でも縦割り行政は良くある話ですが、ここベトナムでも変わりません。交通局は過去の違反履歴を調べることはできたようですが、罰金を支払ったかまではわからないようです。
 ベトナムでも住民登録などの情報化は進んでいますが、行政機関を超えて情報を共有、検索できるようになりたいものです。

- 役所手続きのコスト意識を改めたい
 窓口担当者は訪問の度に個別の修正事項の指摘を行い、指摘が出尽くすまで窓口に足を運ぶ必要があります。
 窓口の担当者は申請者が何度役所を往復しようが我関せずで、淡々と職務をこなす発想しか持ち合わせていません。役所を往復すること、社会に賄賂が蔓延すること、警察署に没収した免許証が積みあがることが与える経済損失を鑑みて、手続き並びに担当者の業務手順を見直したいものです。

□ 待たれるベトナム3.0
 ベトナム経済の発展は、政府主体での経済運営のベトナム1.0から、ドイモイ政策を皮切りとする市場開放と外資誘致によるベトナム2.0を経て今日に至っています。幸い慢性的な貿易赤字は外資系企業の輸出により収支均衡状況を維持していますが、賃金上昇や高い福利厚生コスト、煩雑な手続きは徐々に投資先としてのベトナムの魅力を削ぎ、外資のみに依存する経済成長はそろそろ限界を迎えつつあるような気がします。
 反面では各種自由貿易協定による関税収入の減、付加価値税や法人税を支払わない小規模・個人事業者、高い最低課税所得や扶養控除により、大半の給与所得者が所得税を支払わない税体系など、成長に向けた果実をむさぼり食う課題も見られます。警鐘は何度も鳴らされていますが、そろそろ真剣に役所を含めたベトナム人労働者の生産性向上を核としたベトナム国民主体での成長の道を模索すべき時期に来ているのでしょう。

 別件ですが、弊社より社会保険局にレターで問い合わせを行ったところ「なぜ、こんな問い合わせをするんだ」と保険局の担当者が弊社の担当者に電話で怒鳴りつけたようです。役所への往復とともに職員の態度に閉口している従業員を応援する必要もありそうです。

果たして経営の現地化は進むか

 90年代後半、世界経済の3つのシナリオというのを目にしました。世界経済は大国のもと一様化するという第一のシナリオ、少数の強国に収れんされるという第二のシナリオ、そして複数の国により混沌化するといったものです。ソ連崩壊後の安定した経済化の当時は、当然のごとく第一シナリオが有力に感...