2020年11月9日月曜日

日本のベトナム人材育成への貢献を考える

 人材育成という事業ゆえ、弊社の事業は日本政府のベトナム支援策とも重なることが多く、日ごろ日本政府の支援の動きについても目を配っています。今回は日系企業に勤めるベトナム人従業員の育成という観点からは少し離れるのですが、筆者なりのこれからのベトナム支援について私見を述べたいと思います。

□より戦略的な支援への変化
 ODAといえば、水道もない村で井戸を掘ったり、学校を作ったりと途上国の人道支援的なイメージがありましたが、昨今のODAの位置づけは変わってきているようです。
 近隣国が官民一体で途上国市場の開拓に進んでいる状況も受けてか、本来であれば中所得国入りしたベトナムではODA額は漸減しても良いところが、むしろ原子力発電所建設や空港建設、高速鉄道導入など、より積極的に戦略的パートナとしての位置を進化すべく支援が強化されているように見受けられます。

□ASEAN統合とのベトナムの展望
 当初は、「裾野産業育成」という題目のもと、より日系企業の進出を促進するよう、進出日系企業へのサプライヤとしてベトナム企業を育成するよう支援が進められてきました。しかしながら、観察するにベトナム政府は裾野産業育成の必要性は理解するも、ベトナム企業が裾野を担うのではなく、裾野産業に属する日系企業がベトナムにより多く進出することを期待しているように見受けられます。
 その後「ベトナム工業化戦略」として、自動車・自動車部品など日本が期待する産業分野も戦略対象産業として指定されるに至りましたが、直近では当地盟主のホアンザーライグループやホアファットグループ、ビンコムグループが相次いで農業への参入を表明するなど、もう一方の戦略対象産業である農水産加工に国内の事業者は目を向けているようです。
 最近でこそ継続して黒字化が果たせていますが、ベトナムは慢性的な貿易赤字国です。輸出加工型の外国企業の進出でかろうじて黒字化を果たせていますが、基幹産業である縫製については糸や布はほとんど輸入に頼っており、農薬などもほとんど輸入です。付加価値の低い加工分野を国内で行い、価値の高い原材料をほとんど輸入に頼っている産業構造の課題はベトナム政府も認識するところです。
 そんな中、ASEAN経済統合も既に開始され、まったなしの状況下では自国の基幹産業である農林水産加工を強化し、付加価値の高い原材料分野を取り込もうとするのは自然な流れと感じます。一方で、電子・造船(ベトナム国営企業は経営破たん)自動車などの分野はもとより国内基盤が弱く、外国企業の更なる進出により強化したいとの期待が透けて見えます。

□ベトナム支援に向けた私見
 先記のようなベトナム経済の展望が正しいとすれば、日本のベトナムへの支援のあり方もおのずと見えてきます。

・ ベトナム基幹産業への支援
 ベトナムの農林水産加工業は家族経営的な零細事業者が多く、協同組合や流通網も十分に機能していませんし、技術的にも日本の近代的な農業とは比べようもありません。既に一部支援は始まっていますが、技術協力や日本の協同組合、流通の仕組みなど、まだまだ支援分野には事欠きません。

・ インフラ構築支援
 産業の高度化に向けて、港湾や高速道路などの経済インフラの高度化は併せて必要です。特にこれまでは箱物の建築が中心でしたが、地下鉄の安全な運行管理や質の高いサービスの提供に向けて人材を含めたソフト面の支援が必要になります。

・ ASEAN経済圏を見据えた日系企業の進出促進
 日本の裾野産業がベトナムへの進出に二の足を踏むのは、ベトナムだけでは十分な需要がなく採算が合わないから、とういこともあります。こうした企業もASEAN域内の関税撤廃によりASEAN全域の需要のもとで進出を検討することができるようになりつつあります。
 一方で、タイは右ハンドルでベトナムは左ハンドルのため、陸送ルートである東西回廊はできたものの、国境を越えるたびに輸送車を積み替えなければならないなどお粗末な話も聞こえてきます。こうした分野でもASEAN経済圏のメリットを日系企業が十分に取り込めるための支援も日本政府には期待されます。

 ベトナム人材育成の支援も、上記の対象分野に沿って見極めることができます。 電話の進化の歴史を知らず、突然携帯電話が町に溢れて使い方に慣れていないのがベトナムの現状です。現代的な技術や設備の導入ともに、受け皿としての人材の育成が期待されます。

2020年11月2日月曜日

ベトナム企業との付き合い方

 ベトナムへの進出やベトナム市場の開拓のため、ベトナム企業との合弁や協業といった話題が絶えませんが、残念ながら成功例が聞こえてきません。筆者の経験からも、日本企業が一般に合弁先・提携先に期待する役割をベトナム企業に担ってもらうことには相当な困難を感じます。今回は筆者なりの経験から、ベトナム企業と付き合う上での落とし穴や心構えを考えてみたいと思います。

□「濡れ手で粟」「棚からぼた餅」がベトナムでの成功の常套手段
 市場開放後2009年頃までは、今まで値段もつかなかった土地の使用権に高額な値段がつき、不動産バブルでベトナムが賑わいました。人脈や運が味方して、土地を転がして巨額の利益を得たり、ビルの建設資材の輸入で一儲けしたり、外資系企業の工場建設に土地を提供して株を得たりなど、高級外車を乗り回す成金層が生まれたのはこの頃からでしょう。
 時折新聞報道では、フォーの人気屋台を昼夜にわたって運営して御殿を立てたなどの苦労人の美談も流れますが、多くの事業家や投資家は何の苦労もなく資金を得て、実経験もない部品工場などを儲け話に乗って経営しているのが実情です。

□日本企業を待ち構える落とし穴
 こんな背景で生まれたベトナム人経営層ですので、日本的な「損して得を取る」「信用第一」といった経営心情に馴染みがないのも不思議ではありません。合弁や提携といった際に、事業パートナーとして対等の役割を期待してしまいがちですが、先方は悪意なく期待を裏切ってくれます。

1. 汗はかかない
 上記のようにビジネスに苦労がつきものという発想が薄いこともあり、商品の販売などを依頼しても、店頭にならべるだけだったり、業者に見せて買うか尋ねるだけで営業努力は期待できません。店に並べたり業者に見せて売れなければ、「売れなかった」で終わりです。

2. 相手は企業ではなく個人
 大手の企業や国営企業が相手の場合、企業対企業の連携を期待しますが、ベトナム企業はあくまで個人の集合体です。例えベトナム企業側の代表の承認を得ていても、活動するのは担当者個人で、そのベトナム人の人脈や力量に成否の全てがかかります。他の従業員は見向きもしませんし、協力もしません。合弁先が有力企業を顧客に持っていても、別の従業員の担当であれば、まったく関係のない先と同じです。

3. 契約書もあてにはならない
 ベトナム企業も外国企業ですから契約書の作成など、日本より一層慎重になるべきですが、知恵を絞って合意した契約書も法廷で勝訴となるまでは強制力はありません。ベトナム人は時勢を見て都度判断・行動をしますが、契約書の合意内容に沿っているかどうかなど気にもしません。また、来るものは拒まずで契約しますが、都度儲け話があれば優先順位は瞬く間に変わり、契約はしてもまったく行動に移されないこともあります。

□おんぶに、抱っこに、肩車
 ベトナム企業との付き合い方で良く言われるのが、「おんぶに、抱っこに、肩車」という言葉です。対等のビジネスパートナとして合弁・提携の合意を取り付けても、それに甘んじてはいけません。全て自分たちで成し遂げるつもりで取り組む必要があります。

1. 合弁・提携先への期待を限定する
 合弁や提携は避けられれば避けたいところですが、独資での参入規制や許可の取得などのため、合弁や提携を避けられない場合もあります。その場合でも、ライセンスや許可の取得のためと割り切り、それ以上の期待を持たないことです。特に実績や経験、人脈といった形のない資産はあてにはできません。

2. 全て自分たちでやるつもりで
 「ベトナムのことは良くわからないので合弁先に任せたい」と期待しがちですが、蓋をあければ物事が進まない、合意した通りに進んでいない、などはよくあることです。初めから合弁・提携先に期待せず、体制を組んで自分たちだけで成し遂げるつもりで取り組むことです。ベトナムでの仕事の仕方など、努力すれば1年で概ねわかります。

3. 相手に花を持たせる
 形式や対面を重んじるベトナムでは「失敗」はありえません。合弁・提携したら必ず成功すること、最悪でも先方に花を持たせて「失敗した」と世間に見られないように気遣う必要があります。その意味でも実験的な取り組みにベトナム企業を主体に巻き込んで進めることはお勧めしません。

 

2020年10月26日月曜日

日本人が求心力

 2006年のベトナムのWTO加盟より日系企業のベトナムへの進出が加速してはや14年、労賃の安いベトナムでは日本人材の人件費が際立つこともあって、現地化の声が高まっています。「現地の事は現地の人に任せるのが一番」と誰もが考えることですが、特に幹部人材の現地化は一筋縄ではいかないようです。

□ベトナムの事はベトナム人が一番よく分かっている?

 ベトナムの事はベトナム人が一番よく分かっている。そう考えるのはごく普通のことでしょう。ベトナム人材の採用にあたっては、ベトナム人従業員に面接をお願いし、より良い人材を見極めてもらおうと期待します。しかしながら、いざ面接をしてもらうと「あの人は経理の資格を持っています」「3年間の経験があります」など、履歴書を見ればわかるような表面的なことばかり。「あの人はまじめに働いてくれそうかな」と聞くと、「私はあの人ではないのでわかりません」という始末。日本人同士でも人を見る目というのはそうそう身につくものではないですが、もとよりいつ裏切られても仕方のないベトナム人同士では、人を見抜くということにはそもそも諦めさえ感じます。少なくとも要職につくベトナム人材の採用面接には日本人も同席することが必須です。
 また、従業員の数も増えてくると、コアとなるベトナム人材に一手に部下を束ねてもらいたくなりますが、これも容易ではありません。民間企業が芽生えて間もなく、公務員か農民がまだまだ一般的なベトナムでは、人を束ねる立場につくベトナム人には相当の高学歴か、政治力のある家系か、相応の年齢が求められます。そうでないと、部下となるベトナム人は言うことを聞きませんし、もとより人間関係のわだかまりを嫌うベトナム人材は、人心掌握を期待しても積極的に部下とかかわり合おうとはしません。
 一般的に人を束ねられるベトナム人材は、先記の要件を満たしたうえで面倒見がよく、親分肌の政治上手な人ですが、そうしたベトナム人材に巡り合うのは至難の業で、これはと思うベトナム人材を根気よく育てていくよりなさそうです。

□日本人材が求心力
 かつての日本人が、アメリカ人とみれば優秀で人格者だと思ってしまったように、ベトナム人材は外国人、特に日本人には相当に高い下駄をはかせてくれています。日本人の意見であれば正しいものと思ってくれますし、ともすれば全ての判断が日本人に集中してしまうほど、信頼(もしくは責任逃れ)してくれます。
 そのため、日系企業では日本人が信頼できる権威者としての求心力となります。日本人が先頭に立ってベトナム人材をまとめていくとともに、これはと思えるベトナム人材に求心力を持たせるべく、働きかけていく必要があります。

1. 慶弔行事はかかさない
 結婚式にお葬式、はたまた子供の誕生日会など、年齢層の若いベトナム人従業員からのお誘いは絶えることがありません。しかも、2~3日前に報せがあることが悩みの種です。しかしながら、従業員からの信頼を裏切らないことと、従業員の両親に「お宅の子には期待していますよ」と伝える意味でも慶弔事への参加はかかせません。「休みなのになあ」と愚痴らず、出席することをお勧めします。旧正月前に全従業員の両親宛に社長自ら手紙を書いて持たせる会社もあります(旧正月後に復帰することを期待して)。

2. 日本人が手本となる
 ベトナム人従業員にしてもらいたいと思うことは、まず日本人が率先して行い、手本となることが必要です。朝はもとより廊下で従業員とすれ違ったら挨拶をする、床のゴミを拾う、現場に赴き従業員に声をかける、昼食を食べ残さないなど。ベトナム人従業員は日本人の振る舞いを見ています。カラオケでの武勇伝など、親しい従業員から尋ねられることがありますが、素直に答えないほうが良いでしょう。

3. これはと思う従業員を権威づける
 日本語が上手、気が利くなど日本人から見て使い勝手の良いベトナム人材に目をかけがちですが、上記のような日々期待する行動が自然にできるベトナム人材を候補として見据えるべきでしょう。ただ、そのままでは他のベトナム人従業員からの人望を得られるわけでもありませんので、意識的にそうした候補者を権威づける必要があります。重要な仕事の意思決定を任せる、「あの人に聞いて」など意識的に日本人経営者からの信頼を得ている、正しい仕事の仕方をしていると、他の従業員にアピールする必要があります。そうするうちに、「あの人のやり方を見習えば良い評価が得られる」と従業員の手本としての信頼が集まります。その上で管理者としての人格教育を施していくこととなります。

2020年10月19日月曜日

信用しても信頼しない

 昨年よりハノイでは現地化に向けたベトナム人幹部育成の要請が増えてきました。将来を期待されるベトナム人材が各社で頭角を現してきている状況は喜ばしい反面、幹部人材を決めうちで手塩にかけて育てている会社様には一抹の不安も覚えます。

□組織人としての就社意識を持つ日本人はむしろ特殊?
 ベトナムの離職率が高いことは言わずもがなですが、軽作業の工場でも通常で3~5%/月、重労働や高温・化学臭のある作業場所では5~8%/月程度の離職率になるようです。高い給与やポジションを目指して転職を繰り返すともいわれますが、ベトナムでは就職=一生の働き場所探しとはさらさら考えていないと思われます。
 もとよりベトナムでの就職は日本のように定期採用があり、入社式があるなど会社をあげての行事ではなく、会社内に空いたポストがあるごとに、家族から斡旋されたり友人から紹介されたりというのが一般的です。従って、当人も「会社に入る」というよりは、家族や友人の紹介をつてに「職を得る」という意識の方が高くなります。このため、当の友人が会社を去ると、会社に勤める理由を見失い、また居づらくなってやめていくこともあります。
 愛社精神や会社への忠誠心を従業員に持たせたいという要望もたまにいただくことがありますが、日本のように会社のために自分を犠牲にするとか、会社に尽くすという発想は日本に特有のものと感じます。儒教に根ざしたベトナムとはいえ、一般に職を求めるベトナム人材は極端に言えば、自身が職業を通じて十分な給与を得、成長・発展の機会を得ることのほうが、会社自体の成長・発展より優先すると考えていると思われます。

□家族が第1、会社は2の次
 「会社を背負って立つ幹部人材を育てたい。」どの会社も理想に描くことと思いますが、これが現実には難しい。弊社でも、天塩にかけた講師が「家業を継ぐことになった。これまでの経験を自分のビジネスに役立てたい。」と、あっさりと辞めていったこともあります。また、日ごろかわいがっていた従業員が反旗を翻してストの先頭に立つ姿に心を痛めて帰国した社長の話も聞きました。
 日本人は、家族をないがしろにしても組織を優先し、むしろ批判を浴びることもありますが、ベトナムでは家族が優先し、経済的にまたは家族に職を分け与えることにより家族を支えるという意識の方が強いと思われます。従って、自身や家族を犠牲にしてまで会社に貢献するということはまれですし、ましてや赤の他人の同僚や部下のために会社を背負って奮迅するというのは公開企業の経営者でもまれです。
 このため、給与が低いなどの不満で会社を辞めていくのはまだしも、将来を期待されるベトナム人材が、奥さんが辞めろといったから、両親が公務員の空きポストへ斡旋したから、親戚の商売を手伝うためなどといった理由で会社を辞めていくのは、日本人としてはなかなか理解ができないところです。
 一方で、日本人は会社を辞めるというと、ある種の罪悪感も感じるものですが、ベトナムでは同僚からの引き止めもなく、あっさりとしたものです。会社を離れても、個人としての付き合いは続きますし、他人の家族の問題のため感傷に浸ることもないようです。
 どうも、日本とベトナムでは会社と向き合うスタンスが異なるようです。日本的には会社に入社することは、苦楽を共にする会社の一員となることと期待してしまいますが、ベトナムでは苦楽を共にする家族の一員が家族を代表して会社に籍を置くといった違いでしょうか。 

 □「信用」しても「信頼」せず、人材の層を厚くする
 ともあれ、日本でもベトナムでも高いポジションに着くということは、より広い範囲での責任を負うということを意味し、自身のみならず同僚や部下を含めた組織の成果に責任を持つということに変わりはありません。
 また、与えられた役割・責任を一所懸命果たそうとするベトナム人材は、潜在力のある人であれば教育や指導を通じて見る見るうちに成長していきます。異なるのは、ベトナム人材の頑張りも家族の平穏・発展があってこそ、または家族の平穏・発展のためということです。
 「信用する」と「信頼する」の違いには諸説があるようですが、まさに将来を期待されるベトナム人材は「信用するには足りる」が「うかつに信頼してはいけない」ということかと思います。
 能力の高いベトナム人材は高い目標も達成できる、仕事の成果を「信用」できる人材ですが、部門や会社の将来を信じて任せられる「信頼」できる人材足りうるかというと、もとよりベトナム人材にとっての優先事項が異なるため、いつ突然の離職願いが来るか油断はできません。
 お勧めするのは、特定のベトナム人材のみに期待するのではなく人材の層を厚くし、期待される人材が突然離職しても次の候補が取って替われるように組織的に人材を配置・育成することです。特定の人材のみに目をかけるのは、嫉妬深い他のベトナム人材のやっかみを買うことにもなりかねませんし、当人の驕りを招き、家族や信頼できる人たちを回りに囲い、縄張りを作ることにもつながりかねません。

 「成果がでなければ、いつでも交代させるぞ」くらいの緊張感と、昇進・昇格競争の中で、やる気と根性のあるベトナム人材から手を上げてもらう、というくらいが調度良いのではと思います。

2020年10月12日月曜日

ベトナム人が3人で穴に落ちると…

 ベトナムの近代化が始まったのは1990年代から。20代半ば以前のベトナムの人たちは近代化の流れの中、若い人ほど日に日にあか抜け、心身ともに発展が見られるように感じます。一方で30代以降の人たちは年齢が増すにつれベトナムの伝統的な気質がうかがえます。どうしても年齢を積んだ経験者を採用せざるを得ない会社もあろうかと思いますが、一方でベトナムの伝統的な気質についても理解を進めたほうが良いでしょう。

□ベトナム人がは3人で落とし穴に落ちるとはまると助からない

 日本人についても「国際会議でインド人を黙らせるのと日本人に話をさせることほど難しいことはない」などと言われたりしますが、ベトナムでも自国民の気質を皮肉るような慣用句が多々あります。
 「ベトナム人が1人で穴に落ちても助かるが、3人で落ちると助からない」――。
 これは言わずもがなですが、3人で穴に落ちると互いに足を引っ張り合うので、誰も穴から抜け出せないという意味です。個人単位では優秀なベトナム人ですが、集まると成果を出せないということでしょうか。
 「ドイツ人は同僚が優秀な論文を発表すると奮起する。ベトナム人は同僚が優秀な論文を発表すると、選考委員になって落選させる」――。
 こちらも、互いに足を引っ張り合う例ですが、自分を高めるよりも相手を貶めることに注力してしまう気質が伺えます。
 「日本人は言ったとおりのことをする。中国人は言わずにする。ベトナム人は言ったことと違うことをする。」――。これは、弊社のスタッフが冗談で言った言葉ですが、なるほどと思わせました。
 こうしたベトナムの伝統的な気質は戦後の配給時代の物の奪い合いから生じたとも言われていますが、どうも戦前からも同様にベトナム人を評した慣用句があり、むしろ古くから根付いた気質のようです。ベトナム人は、こうした悪い気質を「Người Việt Xấu Xí:醜いベトナム人」と呼び、行動変化を呼びかけています。ベトナム語の本も出ていますし、インターネットでも様々な例が検索できますので、参考にされてはと思います。

□水面下での嫉妬とねたみのウェットな文化
 「ベトナム人は情に厚く、日本人にとって親近感を感じる」とよく言われます。確かに、ベトナム人は外国人とりわけ日本人には尊敬の念があり、にこやかにオープンに接してくれますし、不慣れなベトナム生活を送る日本人にとっては親切にしてくれるベトナム人は命綱でもあります。
 一方でしばらくベトナム生活を続けていると、ベトナム人が日本人以上にウェットなのではないかと考えさせられます。例えば、いつも昼食を一緒に取っている仲の良い二人組みの従業員から、「あの人は信用できないから気をつけなさい」と個別に告げ口を聞いたり、互いには言い合わないのに「あの人の給与が自分より高いのはおかしい」と自分の給与の増額を要求してきたりします。
 手を焼くのが、こうした嫉妬やねたみでの足の引っ張り合いが表面には現れず、水面下で行われていることでしょう。先の例のように日本人を利用して相手を貶めようとすることもままありますが、多くの場合はベトナム人は日本人を巻き込まずに水面下で互いの足を引っ張り合います。

□ウェットな文化だけに職場や仕事の成果の見える化で、ドライな仕組み作り
 こうした伝統的なベトナム人の気質も世代が若返るにつれて薄れてきていると感じますが、会社の中核人材が30代半ば以降となっている会社では軽視できません。挨拶を励行するなど、互いに心を打ち解けて話をする文化風土を作り出すことが長い目でみて重要ですが、短期的には伝統的な気質はそう簡単に拭い去れるものでもありません。
 特に会社において、ベトナム人材のウェットな気質で悩まされがちなのは、評価や昇進昇級といった最もベトナム人材の関心の高い話題でしょう。互いに相対的な位置関係を計っているベトナム人同士ですので、感覚的な座標に沿った評価が行われていれば問題ないのですが、一方が座標をはずれて高く評価されると他方は水面下で不満を持ちます。「自分は自分、人は人」といい聞かせても嫉妬心は消えません。
 お勧めするのは日本以上に職場や仕事の成果や過程を見えるようにすることです。結果さえ良ければ良いといったベトナム的な価値観と過程を重んじる日本的な価値観は必ずしも一致しないため、仕事の内容・良し悪しの判断基準、評価の仕方など徹底的に数値化・標準化し、感情の余地の入り込まない仕組みつくりが期待されます。 


 ウェットな文化に流されて、その場その場の同情心で判断をしていると、損得情報の流通のすばらしいベトナムでは、「あの人の場合は良かったのに、なぜ私は駄目なんですか」と、辻褄の合わせられない袋小路に追い込まれてしまいます。
 ウェットな文化だけにドライな仕組みつくりを徹底して行う。ベトナム人気質に振り回されないためにも重要な基本となります。

2020年10月5日月曜日

南北でベトナム人材はどう違う?

 「ベトナムは南北でベトナム人材が異なると言われますが、どのように違うのでしょう?」良くいただく質問です。先日、知人の会社の飲み会に招かれて参加したところ、ホーチミンより参加したベトナム人スタッフより「ハノイのベトナム人同士が話をしているのを聞くと、まるで喧嘩しているみたいです」と評していました。
 確かにベトナム人にとっても南北の違いは明白なようです。

□頑固だが気骨ある北部人、素直だが気変りの早い南部人
 皆さんご承知のとおり、ベトナムは南部と北部では気候も異なり、ベトナム人の顔つきも違い、ベトナム語のイントネーションや単語、言い回しも異なります。ベトナム人同士ですら、まま会話が成立しないこともあり、ハノイに慣れた筆者がホーチミンを訪ねると、床屋(北部ではカットック、南部ではホットック)に行くのも日一苦労です。
 筆者はハノイを主拠点としているため、北部からの視点となってしまうのと、長くベトナムにいる方も人によって見方が異なるため一概には言えないのですが、筆者が感じる南北人材の違いを簡潔に表すならば、「頑固だが気骨のある北部人、素直だが気変わりの早い南部人」となります。
 北部のベトナム人は概ね愛想がなく、外資系百貨店を訪ねても店員はニコリともしません。一方、駐車場の管理人など慣れ親しむと、雨が降った際には筆者のバイクを屋根の下においてくれるなど気配りのある対応をしてくれたりします。また、弊社のハノイスタッフなど、逆境に追い込まれるとむしろ頑張るため、意図的に仕事を多めに振って、チクチクいじめながら奮起させています。
 南部のスタッフはにこやかで穏やか、北部のように反抗することも少なく、比較的素直に指示に従ってくれます。一方、「親友です」と紹介されたベトナム人の近況を尋ねると、「あんな人は知りません」と打って変った返答をもらうこともあります。また、南部のベトナム人材は北部とは逆に、いじめられて奮起するというよりも、褒められてやる気になる人が多いように感じます。
 北部が堅苦しく、南部が開放的という風土の違いは概ねどのベトナム人も納得するところです。北部のベトナム人の多くは、南部への出張を好んで行く一方で、南部のベトナム人の多くは、道を聞いても冷たくあしらわれる北部への出張を好みません。北部への拠点展開などの際の南部人材の活用については、北部出身者を除き、留意が必要です。

□ベトナム人はベトナム人。課題は同じ
 上記のように、南部と北部では日本でいうところの東京と大阪ほどに違うのですが、弊社が人材育成の依頼をいただく際に経営者より伺う課題認識はほとんど変わりません。
 報連相ができない、問題への対応策が場当たり的、仕事の段取りが組めない、部下に指導できないといった課題は南部でも北部でも良く伺います。やはり日本と同様、土地は違えどベトナム人はベトナム人、知識や経験の積み重ねが少なく、家族中心の個人主義で他人の思いを図って行動することが苦手といった点は共通のようです。
 このため、こと教育に関しては、南部も北部も同じ内容、同じ手法で教育を進めています。しいて言えばやはり風土を反映してか、南部では比較的和やかな雰囲気で講座を進めるほうが好まれる感はありますが。

□歴史的背景と家族の出身地には留意する
 しかしながら、弊社が研修を行う際にも、言葉や風土以外に南北の違いで留意している点があります。皆さんご承知のとおり、ベトナムは北部が南部を吸収する形で統一を果たしたという点です。
 ベトナム戦争(アメリカ戦争)により、南部政府側の権力者のほとんどは海外に亡命し、南部の政治・経済は戦争中に流れ込んできた北部人と当時南部に住んいた北部政府支持の人たちで担われています。家族経営を除き、南部企業のベトナム人経営者には北部出身者が多く、「管理者には北部人を配置し、現場には南部人を配置している」などの話を聞いたこともあります。
 こうした背景のもとで、純南部出身者の中には現政府をあまり好意的に見ていない人も少なからずいます。一昨年に他界したヴォー・グエン・ザップ氏の国葬の日と、たまさか南北支社合同での社員旅行が重なった会社では、北部からは「全国民が喪に服すべき日に、華々しい行事は行うべきではない」という声があがった一方で、南部からは「それはそれ、これはこれ、大いに盛り上がろう」と、やや混乱をきたしたと伺いました。
 また、北部ではホーチミン氏の語録などを講座の内容で引用することもありますが、南部では注意が必要です。ホーチミン氏を悪く言う人はいませんが、南部ではホーチミン氏は現政府にうまく利用されていると考える人もいるようです。 南部は北部・中部・メコンデルタと多様な地域からの出身者が混在しています。特に政治や思想面では受け止め方の違いが出身地によって異なるため、従業員の両親・祖父母に遡って出身地を把握しておくことも必要と思われます。政治的な話題を評するのは、ある地域の方の賛同を得る一方、他方の強烈な反発を招くため、控えるのが無難です。

2020年9月28日月曜日

Why:なぜ、を問わずにHow:どうやって、を問う

 ミスの注意をすると言い訳ばかりで反省の色が見えない。問題解決のための原因究明を指示したはずが、いつのまにやら犯人捜しになってしまっている。良く聞くベトナム人材の成長課題です。
 ベトナム人特有のプライドの高さが原因と考えがちですが、理由はそれだけではなさそうです。

□「なぜ」は相手への不信感から出る言葉?
 弊社のパソコンが不調で突然シャットダウンしてしまうため、技術者を呼んだ時のことです。技術者曰くは、内部の電源装置を交換する必要があるとのこと。なぜ電源装置を交換する必要があるのかと問うと、電源不良で内部の冷却ファンが回ったり、回らなかったりするとのこと。なぜ電源装置とファンの間の通電に問題があるのが分かったのかと問うと。。。「どうして、なぜなぜ言うのか。自分の言うことが信じられないなら、自分で直せば良い」と気分を害して帰ってしまいました。
 どうにも、ベトナム人は「なぜ」を問われると、自分の考えが疑われている、自分が責められている、と感じてしまうようです。ベトナム人スタッフと外で昼食をとる際に、「ブンチャー」を食べようというスタッフに「なぜ」と聞くと、「嫌なら自分の好きなものを食べればいい」と言い放たれてしまいました。
 最近ではベトナムでも「コーチング」という手法が流布しはじめ、弊社でも講座を提供したことがあります。コーチングで用いられる手法に「質問法」があり、コーチングの相手に「なぜ」を問いかけることで、相手が自分で課題を分析し、対応策を立案することを助けます。目新しいコーチングの勉強自体はベトナム人の皆さんも興味深く勉強してくれるのですが、いざ演習を行うと自身に「なぜ」を問いかけるというよりは相手を説得できる回答を用意することに注力してしまいます。また、コーチングなど知らない人からの相談で質問法を適用すると、「私が相談しているのに、なぜ質問ばかりで答えてくれないんですか!」と相手を怒らせてしまうこと必至です。
 日本では、常に「なぜ」を自分に問えなど、より深く考えるための手法として「なぜ」が使われることがありますが、ベトナムではまだ「なぜ」は理由を問う、疑う以上の使われ方はしていないようです。

□“Why:なぜ”を問わずに”How:どうやって”を問う
 日本でも“なぜ”にこだわれと言われ始めたのは、日本が世界的な競争で頭角を現し始めた1960年代頃のことと思います。ベトナムもそろそろ思慮深く行動すべき時期にあるように思いますが、残念ながら一般にはまだ直感や家族・友人の勧めに身を任せるのが主流に思います。社会の自然な成熟を待つだけではなく、“なぜ”と自分に問うことを時間をかけて啓蒙していく必要はありますが、目前の事業を前に進めるためには、言い訳や犯人捜しではなく、再発防止の対策を打つ行動を促す必要が短期的にも生じます。
 筆者がお勧めする短期対策は「なぜ:Why」を問わずに「どうやって:How」を問うことです。ミスを犯した従業員に「なぜ」と問うても、「責めているのではなく、同じ誤りを繰り返さないようにして欲しいんだ」という気持ちはなかなか伝わりません。そこで、「なぜミスを犯したのだ」ではなく、「どうやったらミスを防ぐことができるだろうか」とHowを問うことで責めているのではないということが意識され、対策の検討に導くことができます。ただし、「ミスをチェックする人を増やせば良い」などミスの発生を前提とした短絡的な対策も出てきますので、「ミスを起こさないような根本的な対策を考えよう」と辛抱強く指導していく必要はあります。
 ベトナムでもQC(小集団)活動を進めている会社も増えてきましたが、社内のQC大会でベトナムチームがアジアでも上位に食い込む成果をよく伺います。改善施策などで日本人をあっと言わせるような発想もできるベトナム人材ですので、上手に活かしていく接し方も考える必要がありそうです。

2020年9月21日月曜日

叱っても、怒らない

 仕事の経過報告がない、行き当たりばったりに仕事を進めて結果は間違い・抜け漏れだらけ。ついかっとなって怒鳴りつけると、相手は支離滅裂な屁理屈で逆切れして反省の色が全く見えない。筆者もそうですが、特に来越して間もない頃はイライラが募り、「どうしてベトナム人はこうも聞き分けがないんだろう」と悩んでいました。

□ベトナムでは感情的になるのは恥ずかしいこと

 不思議なのが、路上での喧嘩はしょっちゅうですが、ベトナム人の上司が部下を怒鳴りつけている場面にでくわすことは滅多にないということです。ベトナム料理屋でお釣りをごまかそうとしたスタッフに注意するためにマネージャを呼んでも、マネージャーはスタッフを叱るでもなく、だまって足りないお釣りを払うだけ。筆者が仕事で遅くなり事務所を出る際に管理人のベトナム人に注意を受けましたが、相手は空を見つめて淡々と「この事務所の開館時間はxx時までとなっている。遅れるのであれば事前に管理事務所に届け出るように」と言うだけです。聞くところによれば、ベトナムでは感情的になることは自身を見失い取り乱していると思われるため、特に大人はやってはいけない行為と捉えられているようです。

□他人の領分に踏み込まないのがベトナム流個人主義
 ベトナムは個人主義と言われますが、筆者にはベトナムの個人主義は一般に想像する「我を張る」個人主義ではなく「自己防衛の」個人主義と感じられます。他人のことには口を出さない挟まない。人のことは人のこと、という個人主義です。
 例えば、部下が失敗しても上司のベトナム人は怒りません。失敗は失敗、相手を非難することは相手の感情に踏み込むことになるため淡々と処罰を告げるだけです。もしくは全く口にも出さず、後で評価に反映するだけということもあります。一方で作業者同士の殴り合いの喧嘩など、相手の領分に踏み込むと徹底抗戦をすることにもなります。外国人には比較的に心を開いてくれるベトナム人ですが、感情的になって部下のベトナム人と接すると、相手は口を真一文字に結んで空を見つめて聞き流すか、逆に怒り出し罵詈雑言を浴びせてきたりします。
 「ベトナム人の上司が部下に注意できない」という相談も良くいただきますが、こうした問題も人のことには口を出さない、口を出したらそれなりのしっぺ返しがある、というベトナムの個人主義を背景にしていると思われます。

□叱っても怒らない
 しかしながら、こうしたベトナム流の個人主義が会社にはびこってしまうと、誰も互いに注意せず、細かい規則と厳しい処罰だらけの職場となってしまいます。問題となるのは注意をされている人が、「相手に攻撃されている、非難されている、辱めを受けている」と感じてしまうことでしょう。互いの領分に踏む込まないことを暗黙のルールとしているベトナム人同士では、注意をするということは、越権行為です。ある程度の人間関係ができて、「上司は自分のことを責めようとしているのではない、むしろ育てようとしているのだ」とわかってくれば、徐々に耳を傾けてくれるのですが、それまでは「注意をする=相手のプライドを傷つける」と考えたほうが良いでしょう。
 「相手のために叱り」「自分のために怒る」と言われます。「怒る」のは自分の感情を相手にぶつけることで自分の鬱憤を晴らすことだそうです。ベトナム人の部下との間に人間関係ができていれば、ある程度感情的になっても相手は自分を敵視しているとは感じませんが、相当の人間関係ができていない限りはお勧めできません。冷静にしかし熱意を込めて叱り・指導することです。
 叱られることにさえ慣れていないベトナム人ですから、その後の切り替えも大切です。叱っても後に引きずらず、むしろ笑顔で声をかけるなどメリハリをつけることによって、「決して責めているのではない」と、ベトナム人に安心感を与えることも大切です。
 むしろ褒めて伸びるタイプが多いのがベトナム人のように思います。日本人は人を褒めるのは苦手ですし、褒めるだけだと慢心して図に乗るベトナム人が多いのも事実ですので、叱った後にできるようになったら認めてあげる。それを繰り返すことによって、「叱られるのは責められているのではなく、指導を受けているのだ」、「指導に従ってより良く仕事ができれば認められる」、と感じられるようになっていくようです。

 守りの個人主義のベトナム人材は、自分が否定されることを極度に恐れる一方で、自分の仕事が認められると俄然やる気を出します。叱られるのは更なる成長のための機会を与えられているのだと感じられる指導の仕方と職場づつくりを心掛けたいものです。

2020年9月14日月曜日

ベトナムは社会が発展途上なら、人も発展途上

ベトナムに視察に来られる方からよく耳にするのが「ベトナムは日本の1970年代のようですね」という感想でしょう。建設工事現場があちらこちらにあり、バイクが隙間なく行き交う喧噪から発展途上のベトナムの活力を感じられての感想なのでしょう。確かにベトナムは日本の40年前を彷彿とさせます。翻せば、ベトナムで仕事をするということは、21世紀の日本人が20世紀の人たちと仕事をするということなのです。

□ベトナムでは近代化が始まって30年足らず

ハノイ市内は高速道路が縦断し、高層ビルが立ち並ぶ一角もでき、ホーチミンの1区はここがベトナムだろうかと思い違えるようにブランドショップが立ち並ぶようになりました。2008年より中所得国入りしたといわれるベトナムは、日本のような先進国の人が暮らすにも比較的苦労のない都会になりつつあります。

しかしながら、1986年のドイモイ政策から35年、2008年のWTO加盟から12年とベトナムは、まだまだ経済発展の歴史の浅い国です。

筆者がベトナムを往来し始めた2005年頃でも、まだ街中に信号もまばらで、タクシーなど商用車を除いては車の往来も非常に少なく、まさにバイク天国でした。

自家用車がぽつぽつとみられるようになり、信号が増えてきたのは2009年頃からでしょうか。その頃はまだ赤信号で止まる運転手は全体の2割くらいだったかと思います。安全確認のためのクラクションもひっきりなしに鳴らしている状況でした。それが今では信号にも慣れてきたのでしょうか、最近は8割くらいの人は信号を守るようになったように感じます。2007年のヘルメット着用義務化は壮観でした。政府の真剣さが伝わったのか、バイクの運転者のほぼ全員がヘルメットをかぶって運転する姿は、一夜にして町の様相が変わったようでした。

□まだまだ発展途上のベトナム人材

ルールが守れない。マナーが悪い。ベトナムで会社を立ち上げられて間もない製造会社の多くが共通して頭を痛めることの一つです。使った楊枝は通路に散乱している、タバコの吸い殻がそこかしこに落ちている、洋式便所の便座に足跡がある、食堂のテーブルや床が食べかすだらけになっている。こうした点の改善から仕事が始まります。ある会社の経営者は「幼稚園の先生だね。1000人の子供に仕事をさせているようなもんだよ。」とおっしゃっていました。

始めは、「ベトナム人はいったいどうなっているんだ?日本で聞いた話と違うじゃないか!」と感じてしまいますが、ベトナム発展の歴史の浅さを思えばいたしかたないとも思えてきます。

信号の目新しさも一例ですが、一般のベトナム家庭では床にゴザを敷いて食事をすることが多く、食べこぼしもしますし、食べかすなどもゴザごと片付けるのでさほど気にしません。もちろん一般家庭では様式便所は普及していません。ゴミ回収は路肩に落ちているゴミを拾っていくので、タバコの吸殻を投げ捨てたり、道にゴミを捨てるのもあまり気にはしません。特に郊外では農家が多く、雨が降れば仕事は休みなのが当たり前です。

これ見よがしにI-Phoneを持っていても、高級なオートバイに乗っていても、全てがここ10年内に起きたことですので、中身の人間はまだまだ未発展なのです。

□ゼロからだと思って当たり前のことを教える

駐在の皆様が苦労されるのは、こうした発展途上のベトナム人材とともに、さりとて使命である事業計画は達成しなければならないということでしょう。ベトナム人材には目をつぶって、自身の粉塵の努力で使命を成し遂げることもできなくはないでしょうが、それでは後任の駐在員にお荷物を押し付けることになってしまいますし、中期的な拠点の自立化はおぼつかなくなります。

経済発展の歴史の浅さを見れば、ベトナム人材は「ルールを守らない」「マナーが悪い」のではなく、「ルールを知らない」「慣れていない」のだと思います。先の「信号を守る」の例でもそうですが、交通ルールの浸透とともにクラクションの音も少なくなりましたし、タクシーの運転手がXin Com onと言ってくれることも珍しくなくなってきています。

 ベトナムの実情をご存知なく赴任された方には追加のご苦労ですが、ベトナム人材は白紙の状態と考え、当たり前のことから教えていくことをお勧めします。「挨拶をする」「ありがとう、ごめんなさい、が言える」「ゴミはゴミ箱に捨てる」「使ったものは元にもどす」、そんなことからベトナム人材の育成が始まるのだと思います。

2020年9月11日金曜日

挨拶から始めましょう

  今年でベトナムに進出する日系企業の皆様のベトナム人従業員向け教育を始めて14年目になります。

事業を立ち上げたばかりの頃は、ベトナム人だからと高をくくって気を抜いた講座を実施してしまい、顧客としてのベトナム人の目の厳しさに舌を巻いたこともありました。モチベーションの落ちた受講生たちに、研修など受けても意味がないと総スカンを食ったこともあります。一方で、「ムリムダムラ」を教えたところ、翌日から従業員が「ムダムダ」と言い始めたと喜びの声をいただいたり、管理者の役割責任を学んで、すぐに管理者たちが自主的に打ち合わせを持って課題の検討を始めるなど、行動変化が現れ易いベトナム人向け教育の手応えを感じたことも多くあります。はたまた、ベトナム人マネージャから「うちの日本人は『こいつは馬鹿だ』と通訳しろという。うちの日本人を教育して欲しい」と頼まれたこともありました。

教育の成果も職場の風土しだい

総じてベトナム人は知識や経験がなく無垢なだけに、教育の効果は日本人を相手にするのに比べれば格段に高いのですが、教育が成功するかどうかは多分に会社の職場環境に依存するものだとも感じます。職場に活気があり、従業員が新しい取り組みにうずうずしている職場では、知識の吸収への関心も高く、おもちゃを与えられた子供のように学んだ手法を活用し始める場面がよく見られます。

そんな私が、会社を訪問して一番に確認するのが、ベトナム人従業員が挨拶ができるかどうかです。

門の守衛さんに始まり、訪問を受け付けてくれるベトナム人スタッフ、工場内の現場作業者まで挨拶ができる会社は総じて教育が成功しやすいと感じます。現場作業員が手を止めて来客に挨拶することには賛否両論がありますが、ベトナム企業または一部の日本企業でも現場作業員が来客と目が合うと、目を背けるケースもありますので、いかに人を受け入れる心の準備ができているか推し量る一つの目安としています。

外国人には総じて愛想の良いベトナム人ですが、一般にベトナム人同士は近しい友達や家族でもないと挨拶を交わすことはありません。互いに衝突を避ける傾向があるため、不要な会話は避けるのが一般的です。挨拶習慣のないベトナム企業では、事務所の中は静まり返り、従業員間のコミュニケーションがすべてチャットで行われているような会社もありました。当然のことながら、このような会社では自ら進んで手をあげるようなことははばかられ、社長の指示がない限り行動を起こさない「事なかれ主義」がはびこります。

日本人が模範を示しましょう

日本ではOASIS(おはよう、ありがとう、失礼します、すみません)といったりしますが、ベトナムでもBa XinXin Chao, Xin Loi, Xin Cam On)という美しい言葉があります。日本でも挨拶を励行するのは人の心を開き、職場の風通しを良くするためです。ベトナム人同士も挨拶を励行することで少しずつ互いの疑心暗鬼がほぐれていき、問題だと思っていること、こうしたら良いのではといったアイデアが周りの目を気にせず発案できるようになっていきます。

会社によっては「おはようございます」など、日本語での挨拶を推進しているところもあります。ベトナム人は外国語への関心も高く、日本人と会話をするのを楽しみにしていますので、喜んで日本式の挨拶をしてくれますし、日本からの来客には受けが良いのも確かかと思います。しかしながら、ベトナム人同士のコミュニケーションを図る目的では、日本式の挨拶は効果に疑問が生じてしまいます。日本の外資系企業でも日本人同士は“Good morning”と挨拶はしないのと同じで、ベトナム人同士が「こんにちは」と挨拶をしているのは冗談半分の場合を除き、あまりみかけません。

挨拶に不慣れなベトナム人が進んで挨拶を始めるまでには時間も労力も必要です。まずは日本人が率先して、会った人、すれ違った人の全てに挨拶をする。会議や朝礼の始めには必ず挨拶を行うなど先陣を切って見せて教えていくことが重要です。

挨拶は社員が心を開き、一丸となって仕事をする上での初めの一歩だと感じます。まずは、挨拶から始めてはいかがでしょうか。 

果たして経営の現地化は進むか

 90年代後半、世界経済の3つのシナリオというのを目にしました。世界経済は大国のもと一様化するという第一のシナリオ、少数の強国に収れんされるという第二のシナリオ、そして複数の国により混沌化するといったものです。ソ連崩壊後の安定した経済化の当時は、当然のごとく第一シナリオが有力に感...